コトラーの「マーケティング・マネージメント」を読んだら、アメリカ大統領選でトランプ氏が勝利した理由がわかった
「所詮、伝言ゲームなんだ……」
私がテレビ制作会社のADをやっていた時、常にテレビについて感じていたことだ。
テレビというメディアの報道は、人々に多大なる影響を与える。
下手をしたら、人を殺してしまうこともできる。
インターネットが普及した現代でも、テレビの影響力はマスメディアの中で群を抜いて高いと思う。
そんなテレビというメディアだが、実際にその世界で働いてみて、私が思ったことは
「こんなあっさりと、情報が人々に伝わってしまうんだな……」
ということだった。
会議中にディレクターがYahhoニュースで見た面白い記事がそのまま企画になったりするのだ。
報道も、四六時中、死に物狂いで働いているADがネットで見た記事がそのまま取材対象になったりする。
もちろんテレビで流す限りは、裏取りは欠かせない。
しかし、1日24時間働いているテレビ制作のスタッフにとって、全ての情報を満遍なくチェックするのは不可能に近い。
なので、結局テレビで流れているほとんどの情報が伝言ゲームになっている。
Yahooニュースなどで、どこの誰かが言った情報が拡散されて人々に出回っているのだ。
たとえ事実とは違っている内容でも、テレビがその部分だけを切り取って報道すれば、
いつの間にか真実になってしまうこともある。
相手の意向に従わず、切り取る情報を間違えば、その切り取った情報だけが一人歩きして人々に伝わってしまうのだ。
テレビで働いていた時、マスコミの影響力のすごさと怖さを痛感した。
とある先輩ディレクターはこう言っていた。
「テレビは簡単に人を殺せる。だから、制作者は命がけで番組を作らなければならない」
私は結局、テレビの世界を辞めてしまったが、先輩ディレクターの言葉が今でも心に残っている。
だからか、私は今でもテレビの報道を半分くらいしか信用できない。
テレビで報道されている全ての情報が、本質とは限らないと思うからだ。
本質はテレビでは報道しきれないほど、深いところにあると思う。
マスコミのジレンマを再び痛感したのは、去年の11月に行われたアメリカ大統領選の
時だった。あの日は、世界中が大統領選に注目していたと思う。
世界中のメディアがヒラリー陣営が優勢と報道していた。
ニューヨークタイムズも、当日までヒラリー陣営が勝っていると報道していた。
しかし、実際に蓋を開けてみたらどうなったか?
トランプ氏が勝利したのだ。
私はこのアメリカ大統領選を見ていて、妙に違和感があった。
ニューヨークタイムズなど、多くのメディアが予想を外してしまったのだ。
なぜ、マスコミがあれだけヒラリー陣営の優勢を報道していたのに、水面下でトランプ氏が確実に票を取ることができたのだろうか?
私はマスコミの情報だけが一人歩きしているように感じて、妙な違和感があった。
実際には、水面下でトランプ氏の支持者が確実に増えていっていたのだ。
アメリカ大統領選でいったい何が起こったのか?
そのことが私は気になった。
ヒラリー陣営は、オバマ氏が選挙で用いたようにビックデータを分析して、ターゲットごとに細かくマッチングした選挙アピールをしていったという。
今までの流れでは正攻法だと思う。
それに比べて、トランプ氏の選挙アピールは、ほとんどがプロレスだった。
過激なメディア発言で、度々世間を沸かせ、人々は熱狂していったのだ。
ヒラリー陣営のようにターゲットごとに細かくアピールをしていたわけではないと思う。
しかし、確実に支持者を増やしていった。
移民排斥などアメリカの不安がトランプ氏を大統領にしたのもわかる。
しかし、もっと深い部分に本質的な部分があるような気がしていた。
大統領選の水面下で行われていたマーケティング戦略を調べようと思い、
私は厚さ4・5センチほど(親指一本分)のコトラーの「マーケティング・マネージメント」というぶ厚い本をひらいた。
それは世界中のマーケティング戦略が網羅された学術書だ。
スターバックス、GAP、リーバイスから映画などの芸術分野にまたがる全てのマーケティング戦略がまとまっている。
これ一本さえ読み解けば、大学の商学部に4年間通ったことになるといっても過言ではない。
私は今、フリーターのプー太郎であるので、時間があるうちに、
このクソぶ厚い学術書を読み解こうと思ったのだ。
読んでいるうちは偏頭痛が止まらなかった。
学術的に見たマーケティングが網羅されているのだ。
大学では映画ばかり見て、ろくに勉強をしていなかった私には超難解な内容だった。
頭がカチ割れるかと思った。
しかし、この本を読んで、少しだが、物事の本質的な部分が見えてきた。
トランプ氏が大統領選で勝利した根本的な本質が……
20対80の法則。
それは上位20%の顧客が全体の収益の80%を占めているという法則だ。
大口顧客が最大の利益を生み出すとは限らない。
見込み客と顧客を特定し、全ての人を追ってはいけないのだ。
ヒラリー陣営は大統領選の時、全ての人をターゲットに追ってしまったのではなかろうか?
膨大なビックデータを分析して、アメリカ全土にわたり、選挙アピールしていった。
それに比べて、トランプ氏はどうだったか?
アメリカの工業地帯ラストベルトで働く、労働者に向けてピンポイントで選挙アピールしていったと思う。
安い労働力のカナダやメキシコに工場が移され、衰退が続いているオハイオ州、ウィスコンシン州、ミシガン州の人々に投げかけるようなアピールを過激にしていった。
「NAFTAを破棄する!」と言っていたのもそうだ。
アメリカへの輸入品に関税をかけないというこの条例はラストベルト一帯で働いている人々から仕事を奪っていた。
その条例を破棄することで、アメリカの工業地帯に再び仕事が舞い降りるようになる。
トランプ氏は移民に仕事を奪われた労働者だけをピンポイントでターゲットにしていったと思う。
「マーケティング・マネージメント」ではキットカットのブランドを生み出したネスレを題材にこうも書かれてある。
「流行を作り出すには、50人いればよい。しかし、適切な50人が必要だ」と。
トランプ氏は適切な50人を選んで、ピンポイントで票数を獲得していった。
ヒラリー陣営はターゲットを大きく見積もりすぎたのかもしれない。
適切な50人を見出し、そこに向けてアピールしていったトランプ氏は、マスコミでヒラリー陣営が優勢とあれだけ言われても、水面下で支持者をバズのように増やしていった。
流行を作り出すことに成功したのだ。
とある雑誌の編集者もこう言っていた。
「今の雑誌のほとんどが99%の人に向けて作られている。だから、内容が浅くなり読者が離れていく。雑誌を作るなら1%の人に向けて作った方がいい。出版社の人は1%の読者でも雑誌が成立することに気づいてない」
流行を生み出すには、特定の50人だけをターゲットにすればいい。
思えば、今はやりの「バイオハザード」もホラーのコアなファン層に向けて、ゲームを作っていった。
去年ヒットした庵野秀明監督の「シンゴジラ」も、ゴジラ世代である40代、50代の特撮ファンに向けてピンポイントで作っていったと思う。ファンに向けた特撮愛が満載の映画だった。
従来の特撮ファンから徐々にバズが広がっていき、若者層も映画館に足を運ぶようになったのだ。
流行を生み出そうと思うなら、全ての人を追ってはいけない。
特定のコアな層だけに向けて、コンテンツを提供すればいい。
そうすれば、自然と口コミが広がり、バズが浸透していくのだ。
アメリカ大統領選で勝利したトランプ氏は今、大暴れしている。
(あれはあれで大丈夫なのか?……と個人的には思うけど)
しかし、アメリカ人の心をつかんだのはヒラリー氏ではなく、トランプ氏だったのは
事実だ。
私はアメリカ大統領選を見て、現代におけるコンテンツの流行の作り方を学んだと思う。
全ての人を追ってはいけない。
特定の50人だけを選べばいい!
そのことが世界を魅了するコンテンツメーカーになる秘訣なのかもしれない。