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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

いつも人と見比べてばかりいた私が、とあるテレビディレクターから学んだこと

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「あいつは自分より下だ」

そんな醜い感情を私は抱いていた。

自分は勉強ができる人間だ。もっと上に行かなきゃ。

 

私は中学三年生の時、とある高校受験対策の塾に通っていた。

それまで全くと言って勉強してこなかった私だが、塾の体験授業に出席した際、

「勉強できるうちに勉強しておけ。知らないということは恥なんだ!」

 

塾の講師にそう言われ、

知らないということは恥なのか……と衝撃を受けたのを覚えている。

全く勉強してこなかった上、いつもテレビを見て、ぐ〜たら過ごしてきた私だったが、その一言がきっかけで勉強をするようになった。

 

漢字を知らなくても、授業中に笑われることがあった。

自分はバカなんだから仕方ない。

そうやっていつも諦めている自分がいた。

 

しかし、知らないということは恥なのだ。

漢字や英単語一つとっても、きちんと知っておかなきゃならないんだ。

そう思い、その次の日から私は必死に勉強をするようになった。

 

毎日、塾にこもり、人の倍の英単語を書いていくうちに、少しずつだが成績は伸びていった。本当にちょっとずつだ。

それでも私には随分な進歩だった。

これまでペンすら持ったことのない人間だ。

少しずつ物事を知るということの楽しさに気づき始めたのだ。

 

勉強をしていくうちにとある醜い感情が自分の中に現れていることに気がついた。

学校のクラスにいると、思いたくなくてもどうしても考えてしまう感情があったのだ。

 

それは、自分はこいつらより勉強ができるという優越感だった。

 

どうやら私のやる気は周囲の環境に相当影響されるらしいのだ。

周囲に自分より劣っているとやる気になり、自分より上の人間がいると劣等感を感じ、やる気を失ってしまうのだ。

 

私は自分より偏差値の低い人を見て、こいつよりも自分の方が上だという優越感に浸り、なおさら勉強に力を入れるようになっていた。

 

結局、私は都内でも有数の進学校に合格することになる。

全くのノー勉から、よく1年間で偏差値70までもっていけたなと今でも思う。

しかし、その当時の私を突き動かしていたのは、周囲と見比べて上に立てているという優越感だった。

 

 

いつも人と見比べて、自分の立ち位置を確認する癖があった私は、進学校に行くとどうなったのか?

 

落ちこぼれたのだ。

進学校となると周囲には宇宙人レベルに勉強ができる人がゴロゴロいた。

そんな宇宙人クラスに勉強できる人たちは、小学校の頃から英才教育を受け、きちんと教育をされてきた人たちが多かった。

多分、親御さんも東大やら一橋出身の人が多いのだろう。

 

私はというと、たった1年間のがむしゃらな努力の末、なんとか新学校に滑り込めた身分だ。

授業のレベルに全く追いつけなくなった。

 

いくらテスト対策に勉強しても、平均点以下の点数しか取れないのだ。

いつしか私は勉強をサボるようになってしまった。

 

働きアリの法則ってこういうことなのか。

自分でも驚いた。

人間の社会には働きアリの法則というものがあるという。

どんな集団でも7割のアリはしっかりと働き、3割のアリは怠けるようになるのだ。

これは東大生の集団でも言えることらしい。

東大のようにトップクラスに頭がいい人たちが集まっても、その中で劣等感を感じる人も増えていき、怠ける人が現れるのだ。

 

 

まさか自分が高校時代にこの働きアリの法則に引っかかるとは思わなかった。

完全に周囲の人たちの実力と見比べて、劣っている自分を感じ、やる気を出すことができなった。

 

私は周囲に自分が上に立てたときに、その高揚感からやる気を出すという性格らしい。自分より下の人間がいるとやる気になるのだ。

なんて醜い性格なのだろうと思う。

 

大学に行ってもそんな醜い感情が私を支配していた。

その時、自主映画サークルに所属していたのだが、大学のサークルなど、ほぼ飲み会をするための母集団みたいなところがある。

私は程よいくらいに映画を撮るやる気のある集団に入り、自分より授業をサボって、くっちゃべっている人たちを見て、

「俺はこいつらとは違う。もっと上に行くんだ」

そんな醜い感情を抱いていた。

自主映画を撮りまくって、あたかも一介の映画人になったつもりになっていたのだ。

 

周囲が就活で染まっているうちに、いつも飲み歩いていた人たちもいつしかリクルートスーツを着るようになっていた。

 

どこかのクリエイティブな人間は、自分の凄さに気づいてくれる。

そんな根拠もない自信に満ち溢れ、大手企業ばかり受けていた。

 

「君は人と違う何かを持っている。人と違った面白い感覚がある」

そんなことを誰かが言ってくれるのを待っていたのだ。

 

そんな自意識過剰な人間を雇おうとしてくれる会社はどこにもなかった。

次々と周囲が内定を獲得していく中、私は内定ゼロだった。

 

なんとかとある制作会社に内定をいただけた。

そこで働けるようになったが、ずっと心にモヤモヤを抱えていた。

 

このままでいいのだろうか?

よく考えれば、いつも私を突き動かしていたのは、周囲と見比べて自分が優勢に立てているという優越感だった。

 

就活の時も、周囲の人と見比べて、ただ単に会社名を自慢したいがために大手企業ばかりを受けていた。

ただ、大学の同期の人に「俺、〇〇っているテレビ局受かったんだよ」と自慢したかったのだ。

 

自分を突き動かしていた、醜い感情……

それがある時、限界がきた。

 

私は結局、内定が出た制作会社に働くようになるのだが、そこはとにかくハードワークだった。

テレビ制作というと、ブラックなイメージが強いと思うが、本当に苛酷な環境だった。

毎朝4時まで続く作業……

月一度も休めなかった。

苛酷な仕事だったが、上司のディレクターたちの深夜の会話についていき、なんだかんだ毎晩楽しく仕事していたと思う。

 

毎朝、寝不足で会社に通い、フラフラだったが、なんとか会社に辿りついていた。

しかし、私の精神は限界に来ていた。

苛酷なハードワークもその原因だったが、それ以上に私の心にダメージを与えていたのは、同期の存在だった。

 

私が入った制作会社は、新入社員を何個かのチームに分けて、育てていくという方式だったが、私と偶然同じチームに配属された人が、ま〜とにかく仕事ができる人だった。

 

資料をまとめるのも早い。

ロケの段取りを決めるのも早い。

トップクラスに仕事ができる人だったのだ。

それに加えて、いつもニコニコしていて、先輩ディレクターに愛された存在だった。

 

私はというと何をやっても仕事ができなかった。

電話の取り次ぎ一つ、全くできないのだ。

いつも暗そうにしていて、どう考えても人が寄ってきそうにない。

 

次第に会社内でも私とその同期の人とで見比べられるようになってきた。

仕事が回ってくる量も片方に集中してくるのだ。

 

私はその同期と比べて、全く仕事ができない自分に嫌気がさし、会社内でも、なるべく仕事が回ってこないようなポジションを探し歩いていたと思う。

 

仕事をサボっては深夜に上司の怒られる。

そんな毎日が続いていた。

 

自分なんか必要ないじゃん。

同期の人が全部回せるんだから、仕事はそいつだけに任せればいいじゃん。

そう思っては精神的に病んで、おかしくなってきたのだ。

 

毎晩、4時頃まで続く作業に私はノイローゼ状態になってきてしまい、同期と比べて仕事が全くできない自分にも嫌気がさしてきた。

そして、私は結局、会社を辞めることにした。

上司に辞めると言った覚えがないほど、精神的におかしくなっていたのだ。

 

最後の一週間はずっとノイローゼ状態だった。

早くこの環境から抜け出したい。

そんな思いがずっとあった。

最後の日の直前、私はとある上司に呼び出された。

 

また怒られるのかな? と思っていたら、

「お前、兄妹何人いる?」

など、なぜか私に関する話題ばかりフレられた。

 

その上司のディレクターはその道30年以上のベテランディレクターだ。

とある朝の情報番組でチーフディレクターをやっていたほどの大ベテランだ。

日本の朝のニュースはその人が支えていたのではないか? というほどの凄い人だった。

 

テレビの優秀なディレクターは、私の個人的な感想だが、とにかく人の心を見抜くのがうまいのだ。

長年、取材をしてきた感で、この人はこういう環境で生まれ育ち、こういう性格になったんだなとある程度、見抜けるらしいのだ。

 

 

私が会社を辞める最後の週に、そのディレクターと雑談しているうちに、どうやらその人は私の根本的な性格の問題を見抜いていったらしい。

 

 

「お前、いつも人と見比べているな」

私はそう言われてドキッとした。

 

「優秀な妹と比べられ、いつも家でも劣等感を抱えてきてたな」

ずっと、自分が心の中で抱えていた感情を言い当てられたのだ。

 

私は呆然としながら先輩ディレクターの言葉を一つ一つ聞いていた。

「お前が今回失敗したのは、仕事がつらかったからじゃない。人と見比べすぎたからだ。優秀な同期と見比べられて、いつも辛かっただろう。ずっと人と見比べながら生きてきたんだろう、お前!」

 

そんなことを言い当てられたのだ。

 

確かにその通りだ。

私はいつも他人と見比べながら生きてきた。

自分より劣っている人を見かけると優越感に浸り、自分より優秀な人を見かけるとやる気を失ってきていた。

いつもいつも他人と見比べて、優越感に浸れる場所を探し歩いていたのだ。

自分より上の人間がいると、いつも逃げてばかりだった。

そんな卑怯で醜い感情を持った自分が嫌で仕方がなかった。

 

「他人と見比べるな。一番大切なものは自分自信だ。自分をもっと大切にしろ!」

そう上司に投げかけられた。

私はその言葉を聞いて、泣きそうになってしまった。

 

お前が今回失敗したのは、他人と見比べすぎたからだ……

確かにその通りだった。

仕事が辛いということを言い訳にして、根本的な自分の問題から逃げていたのだ。

私は会社を辞めるという選択肢をした自分を後ろめたく思った。

 

結局、私は会社を辞めてしまったが、上司のディレクターから言われたこの言葉が今でも頭にこびりついている。

 

ノイローゼになりながらも、なんとか転職活動をし、とある本屋さんとの出会いでライティングの魅力にも気づけた。

なんとかこうして頑張れているのも、その上司から言われた言葉が胸にあるからだと思う。

 

こうして毎日書いているのだが、正直、こんな毎朝書いて、何の意味があるのだと思う時がある。

ライティングは楽しい……

だけど、自分より面白い記事を書く人なんて何人もいる。

必死に書いていく中で、面白い記事を連発され、作家デビューをした人も知っている。

そんな人たちを見ていると、自分が毎日書いている意味なんてないんじゃないかとも思えてくる。

 

自分には才能がない。

そんなことはわかっている。

 

それでも私は毎日書き続けている。

 

「他人と見比べるな。大切なことは自分自身だ」

最近、よく上司から言われた言葉を思い出す。

 

他人と見比べるのではなく、自分自身と戦うこと。

それが一番、大切な気がするのだ。