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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

わずか4館で公開された映画が、270館まで拡大されアカデミー賞候補にもなった理由

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この映画はなぜか私の前に現れた。

 

その日は夜予定が空いていたので、いつものように家で映画を見ようと思い、DVDデッキを再生し始めた。

それは、有名な俳優が怪演をしたと言われる映画だ。

アカデミー賞脚色賞にも選ばれ、70年代のアメリカに根づいていたマイノリティーの差別を描いた傑作映画だ。

 

面白くないわけがない。

普通に感動した。そして、心動かされた。

映画が終わった後も余韻に浸っていると、ふと予告編に流れていた一本の映画が気になったのだ。

 

何だったんだろ……あの映画?

 

私は基本的にDVDで映画を見るときは、予告編を見ない。

すぐに本編に入ってしまうタイプだ。

まあ、それもそうだろう。

DVDはボタンひとつで早送りできるので、わざわざ好き好んで映画の予告編をじっと見る人もいないと思う。

 

しかし、なぜかその日はじっと予告編を見てしまったのだ。

DVDを再生しはじめ、いつもならその予告編をすっ飛ばして本編に入るところを、予告編をじっと見てしまった。

 

なんだこの映画……

 

それはわずか4館のみで公開されたにもかかわらず、270館まで拡大されロングランしたとある一本の映画だった。

私はその映画のことを知らなかった。

グーグルで調べてみてもほとんど情報が載っていない。

 

尊敬してやまない町山智浩さんならラジオで解説しているだろうと、調べてみても何も情報が出てこなかった。

 

私はその時、何か予兆めいたある種の野生の直感を働かせた。

何か気になるなこの映画。

どんな映画なんだ?

 

基本的に見る映画は、町山智浩さんのラジオまたは、TSUTAYAを1時間ほど徘徊し、直感的に棚にあるDVDパッケージを選んでいく私には初めて体験だった。

 

いつも流し見していた映画の予告編で心動かされてしまったのだ。

なぜかその映画を見なければならない。

そう感じたのだ。

 

私は早速、TSUTAYAに駆け込み、その映画を探してみることにした。

検索デッキで調べてみると、案外簡単に見つかった。

棚の隅っこにその映画があった。

 

そこそこ話題にもなっていたはずなのに、それは棚の隅っこにあった。

本当に面白い映画だったらTSUTAYAさんなら特集コーナーを作って、隠れた名作を宣伝していくはずなのに、全くの手付かずでその映画は棚に放置されている。

どう見ても私の前に1年以上レンタルされた痕跡がない。

 

パッケージのタイトルを見て、私は正直大した映画には思えなかった。

何かとてもダサい邦題なのだ。

 

この映画以外に特に見たいものも見つからなかったし、仕方なくその映画を私はレンタルすることにした。

本当に仕方なくだ。

全く期待してなかった。

 

家でDVDを再生していく。

オープニングショットを見た瞬間も、あぁ、この映画ダメだと思った。

大した映画じゃないと思えてしまったのだ。

 

映画も小説もあらゆるコンテンツはオープニングがすべてだと言われている。

オープニングからかっ飛ばして面白くないと後半まで観客の集中力を持たせて見続けるのは難しくなってくる。

 

私も数多くの映画を見てきた経験(年間350本)から、この映画のオープニングショットを見ただけで、どうしても後半面白くなるとは思えなかった。

 

途中で再生を止めて他の映画を見た方がいいのではとも思えた。

だけど、せっかく借りたのだから、最後まで見なければもったいない。

そう思い、黙ってみることにしてみた。

 

前半10分に差し掛かった頃、キーインシデントと呼ばれるターニングポイントがあった。

日本語の起承転結でいうと、承の部分だ。

その承の部分が面白いか、面白くないかで、その後の物語の展開が決まっていく。

キーインシデントと呼ばれる承の部分が物語の根幹を支えていると言って過言ではないと思う。

登場人物たちがとある展開に巻き込まれることで、中盤以降の物語の展開が決まってくるのだ。

 

その映画のキーインシデントを見た瞬間、私は「あれ?」と思った。

 

何だこのゾクゾクとくる感じは。何だこの感覚は。

中盤以降、とある黒人の移民が母国から持ってきたコンガのミュージックがこの物語の根幹を支えているのだが、この移民たちの音楽がまたいい。

 

まるで、音楽と生活が密着しているニューヨークの人々の暮らしがその映画には溢れていた。

私は以前にニューヨークに行ったことがある。

本当に現地の人たちはアートと生活が密着しているのだ。

道を歩いていたら、突然歌い出す人もいれば、地下鉄で演奏を始める人もいる。

 

私はこの映画を見ていうと、そんなニューヨークで音楽ともにくらす人々のことを思い浮かべてしまった。

 

何だこの独特のテンポ感は。

 

そして、物語も後半にさしかかり、登場人物たちはある問題と直面する。

マンハッタン島を走り回り、友を救おうとする老人の姿を見ていると私は涙が溢れてきた。

 

私はいつしか、家のDVDデッキの前で、真剣な眼差しで映画の展開を見つめていた。

 

 

それは9.11以降、閉ざされてしまったニューヨークを象徴する傑作中の傑作映画だった。

今のアメリカが抱えている移民問題をここまで丁寧に描ききった映画は他にはないのではなかろうか?

 

 

私も実際にニューヨークに行ってみてわかったのだが、本当に「人種のるつぼ」と呼ばれている場所なのだ。

 

3ブロック歩いたら、別の移民街になる。

イタリア系、アイルランド系、中国系、アラブ系、イスラム系……

世界中の全ての人種が小さなマンハッタン島に集まっているのだ。

 

 

そんな「人種のるつぼ」と呼ばれる場所なので、自然と差別や偏見が生まれてきてしまうのだろう。

肌の色の違いから差別し、元からいた白人は移民を恐れている風潮がある。

9.11以降、その差別が加速して何人にも及ぶ移民が不法逮捕されていった。

 

映画の登場したとある白人の大学教授は、不法逮捕され強制送還された友人を目の前にして、政府の役人にこう投げかけていた。

 

「人をこんな風に扱っていいのか! あんなにいい人を虫けら同然に扱っていいのか。

我々は何て無力なんだ……」

 

この映画がわずか4館で公開されたにもかかわらず、270館まで拡大されロングランした理由……それは現代のアメリカ、ニューヨークが抱えている問題がすべて詰まっているからだと思う。

 

本当のニューヨークの姿が画面の中に詰め込まれているのだ。

 

この映画はアメリカに特に関心がない人が見ても損がない映画だと思う。

 

テレビを見ながら、今アメリカで起こっている人種差別運動を批判するのは簡単だ。

しかし、実際に差別されている移民たちの現状を知らないと何も事態は変わらないのだと思う。

 

本当のニューヨークの姿を知りたければ、是非、映画「扉とたたく人」は見て欲しい。

何でこんなダサい邦題なのかわからない。

 

原題は「The Visitor」……

「人種のるつぼ」と言われているマンハッタン島を訪れた人々という意味だ。