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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

「やりたいことがない」は、あるいは最大の武器になるのかもしれない

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「やりたいことがない」

それは私のコンプレックスだった。

就活の時は本当に苦労した。

 

行きたい会社などなかった。

やりたいことなどなかった。

 

いや、あえているならば、やりたいことがあったが、やりたいことができる会社がなかったのかもしれない。

 

私はとにかく映画が好きだった。

どれくらい好きだったかというと年間350本の映画を見て、TSUTAYAから年賀状が届くくらい映画が好きだった。

学生時代は映画を見まくっていた記憶しかない。

1日空いている日があれば、朝から晩まで6本映画を見ていた。

(今思うと、だいぶ気持ち悪い)

 

しかし、当時の私はとにかく映画を見ることに集中していた。

そして、その映画から吸収した知識をひけらかすかのように自主映画を作りまくっていた。大学時代には7本近くの自主映画を作ったと思う。

1時間を超えるものもあった。

映画作りは文科系っぽいイメージが強いが、実際は完全な肉体労働だ。

カット割りごとに一つ一つカメラを設置し、照明の色をセッティングして、役者さんに演技指導する。その一連の動作だけでも20分以上かかる。

スケジュール調整やロケ地の関係で、時間が決まっているため、1日に13時間にわたって撮影しなければならなかった時もあった。

真夏のクソ暑い中、カメラと照明を焚いて、13時間以上映画作りと格闘しなければならないのだ。

 

カット割りを頭の中で考え、どこのシーンがどうつながるのかを計算しなければならないので、私の頭は終始パンク状態だった。

 

ただでさえ30人近くのスタッフや役者さんのスケジュールを合わせるのは大変なのに、雨が降って、撮影ができなくなると泣けてくるものだ。

全てスケジュールが白紙になるのだ。

 

自主映画作るにも多くの人の協力が欠かせない。

どんなに短い短編を作ろうが、5人以上の協力が必要になってくる。

私はいろんな人と協力してものを作っていくことが大好きだった。

ありとあらゆる知恵を絞りながら、多くの人と一本の映画を作っていくことがたまらなく面白かったのだ。

 

私が進むべき道はこれなんだなとも思えた。

一介の映画監督のふりをしながら、これが自分がしたいことなんだと思っていたのだ。

 

しかし、就職活動の時期が来て、私はわからなくなった。

今まで遊んでばかりいた大学の同級生はみんな一気に髪を黒く染めて、就活モードになっていた。私というと「就活なんてしない」と思っていたが、周りに流されるかのようにリクルートスーツを着て、就活を始めていった。

 

やりたいことはたぶん、あったのかもしれない。

しかし、そっちの道に行く勇気がなかったのだ。

フリーランスノマドワーカーなど、自分の趣味を仕事にするのはかっこいいという風潮があったが、実力も何も持ってない私がそのような業界に飛び込んでもやっていける自信がなかった。

 

私は結局、やりたいことが何なのかはっきりとしないまま就活をしていった。

映画が好きという気持ちはあったため、マスコミ関係や映画会社を受けてまくった。

 

すべて落ちた。

 

倍率1000倍の世界である。考えてみれば落ちるほうが普通かもしれない。

しかし、当時の私はなぜ、世の中は自分の才能を認めてくれないのだと嘆いていた。

なぜ、こうも自分につらく当たるのか?

自己PRにしても「うちの会社で何がしたいですか?」と聞かれて、

心のそこで抱えていた本心は「特にやりたいことなんてない」だった。

 

それでもそんなことは面接官に向かっては言えないので、

「御社に入社いたしましたら〜」と無理くり嘘を並べていた。

 

自分がやりたいことっていったい何なんだろう。

自分が表現したいことっていったい何なんだろう。

そんなことを悩んでいた気がする。

 

そして、あやふやな思いのまま、とあるテレビ制作会社に内定をいただき、私は何とか就活を終えることができた。

大学の同級生は人生最後の休みを堪能していっていた。

私はというとずっと悩んでいた。

このままでいいのか……

 

私はサラリーマンだけはなりたくないと思っていた。

普通のサラリーマンをしている父親の姿を見ていると、毎日窮屈な満員電車に乗って、仕事の愚痴を言いながら、好きでもない仕事をするのは耐えられないと思ったのだ。

だから、好きなことである映像制作の仕事が自分にはいいのではないかと思っていた。

いや、自分でそう信じ込んでいた。

 

大学を卒業し、実際にその会社で働き始め、私はうつ病になっていた。

平均睡眠時間が30分の環境で、死ぬほど働いていた。

人間しっかりと寝ないと頭がおかしくなるものだ。

私の体重は二ヶ月ほどで8キロも減っていた。始発の電車で会社に向かっていると、体がフラついて、あわや電車に轢かれそうになったこともあった。

周囲の人が羨ましく思えた。ちゃんと定時に帰れる会社で働くことがどれだけありがたいことかを痛感した。

 

結局、私は好きを仕事にしたが、それは自分のエゴに過ぎなかったのかもしれないと思うようになっていた。

 

「君はどこか人と違って面白い才能を持っている」と電通博報堂のクリエイティブっぽい人にそう言われたかったのだ。

自分は人と違った何かを持っていると信じたかったのだと思う。

 

自分がやりたいことはいったい何なのだろうか?

私はそう思っていた。

 

実はやりたいことなんてなかったのかもしれない……

 

結局、私は会社を辞めてしまった。

体が動けなくなってしまったのだ。

世の中をさまよい歩いている時に、偶然ライティングの面白さに気づき、こうして文章を書くようになったが、書いている時も自分のやりたいことって一体何なんだろう? と思う時はよくある。

 

プロのライターを目指している人は、小説家になりたい。

ライターとして食っていけるようになりたい……など目標がある人が多かった。

そんな人たちを見ていて私は羨ましかった。

社会人もすぐにドロップアウトした空っぽの私にはやりたいことなんてとくになかったのだ。

やりたいことが何なのかわからなかったのだ。

 

小説家になる夢を目指して、日々ライティングに励んでいる人を見ると、光って見えた。

自分もやりたいことを見つけて、目標に向かって行きたい。

そう思えた。

 

そんな時だった。

とあるシナリオライターさんが出演したラジオを聴いている際、私は心動かされてしまった。

 

そのライターさんは数年前にカルト的にヒットを飛ばしたとあるアニメを作っていた。

私はあんな人間の欲望を深く抉り取るようなアニメを作るのだから、さぞぶっ飛んだ人なんだろうなと思っていた。

 

しかし、ラジオから聴こえてくる声は普通の人にしか思えなかった。

 

「これこれを表現したいことなんて自分にはないっす。自分はただ監督やアニメーターさんがやりたいと思っていることを聞いて、シナリオにまとめていくだけっす」

 

聞いていくと、この人はどうやら表現者というよりかはビジネスマン的なところがあるのかもしれない。

 

明確にこれをやりたいというよりかは、監督やアニメーターなど表現をする人たちの声を聞いて、合気道のように相手の力に合わせてものを作っていく人のように思えた。

 

「アニメ作りは本当に楽しいっす。いろんな人とものを作っていく作業が本当に好きなんです」

そのシナリオライターはそう言っていた。

 

私はハッとした。

自分もこれでいいのかもしれない。

やりたいことが明確であるよりかは、相手の力に合わせてパッと形にしていく。

頭の中を空っぽにして、合気道のように相手の力を引き出しながらコンテンツにしていく力……それがプロの証なのかもしれない。

そう思えた。

 

よく考えれば、クリエイティブな世界では自分が表現したいことを好きなだけ表現できている人は少ない。たいてい自分がやりたいことをやらせてもらえるほど、世の中あまくないということもある。

しかし、やりたいことが明白でない人の方がクリエイティブな世界では長続きするのかもしれない。

 

これを表現したい! という熱い思いがある人は、それができてしまったらすぐに燃え尽きてしまうのだ。

特にやりたいことがない人の方が、読者の合わせたものを作っていける。

浦沢直樹も同じようなことを言っていた。「作品のテーマなんてないんだよね。ただ、自分が面白いと思ったものを、読者も面白がって読んでくれる。それだけを目指してる漫画を描いているだけなんだよね」

 

だから、浦沢直樹はYAWARAから20世紀少年まで、30年以上にわたって漫画界の前線に立てるのかもしれない。

鳥山明ドラゴンボール以降、パッとしなくなったのも、やりたいことをやりきって燃え尽きてしまったのかもしれない。

 

「ただ、面白いものを作りたい。見る人が楽しんでくれるアニメを作りたい」

そのようにあのシナリオライターは語っていた。

 

私もそれでいいのかもしれない。

明確にこれを表現したいというよりかは、相手に合わせてものを作っていく。

「やりたいことがにない」ということは、それだけ武器になるのかもしれない。

私はそう思えた。

 

無理にやりたいことを見つける必要はない。

自分が好きだと思うことをやっていくうちに、これを書きたい! と思うようなものが生まれてくるのかもしれない。

 

自分がやりたいことは何なのか考えている暇があったら、とにかく書こう!

そう思うのだ。