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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

PS4「バイオハザード7」の異様な人気は、「レッドブル」のマーケティング戦略に似ていた

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「また、このゲームか……」

私は今、とあるレンタルショップでアルバイトしている。

そこで、最近、異様にお客さんがあるものを買っていくのだ。

 

どの人も同じゲームを買っていく。

 

 

ポケモンが発売された時もそうだったが、ゲームの新作が発売されると、

ファンは朝7時から並んだりする。

ざっとブームが続いているうちは毎日のようにそのソフトが売り切れになり、発注される。

 

しかし、ゲームのブームは一過性に過ぎない。

2、3日経つと落ち着いてくる。

 

しかし、今話題になっているあのゲームだけはちょっと雰囲気が違う。

妙に売れ続けている。

 

ポケモンほど、一気に買い占められることはないが、ずっと毎日のように買っていく

お客さんが多いのだ。

 

そのゲームとは……

 

バイオハザード7」だ。

 

ハリウッド映画にもなった「バイオハザード」というゲームをやったことはなくても

ご存知の人は多いと思う。

 

ホラーの金字塔のようなゲームだ。

日本のゲーム会社が作った世界に通じるコンテンツの一つだ。

 

アメリカ人にとっては「バイオハザード」というよりは「レジデントイービル」という名前の方が親しみがあるようだ。

 

 

バイオハザードは知っている?」

と聞くと大抵のアメリカ人は知らないと答えるが、

「レジデントイービルは?」と聞くと、

多くのアメリカ人は「あのゲーム知ってるよ! 気持ち悪いやつでしょ」と答える。

 

 

アメリカでも話題になるくらい、日本が誇る最強コンテンツの一つなのだ。

 

そんな「バイオハザード」だが、私はやったことがない。

 

ゲームが昔から大の苦手なのだ。

右矢印のボタンを押したら、画面上の主人公がなぜ右を向くのかがわからない。

コントローラーを握っていると、ゲームを作ったプログラマーに操られているかのような錯覚に陥って、プレイに集中できなくなるのだ。

 

子供の頃からゲームは大の苦手だった。

友達同士で「スマブラ」をやろうという話になっても、私だけはいつも負けていた。

というか、自らステージ上から落っこちて自爆していた。

コントローラーを握っても、どう操作すればいいのかわからないのだ。

 

基本的に全くゲームができない子供だった。

対戦型ゲームとなるといつもぼろ負けしていた。

 

そんな私だが、「バイオハザード」というゲームだけは妙に気になっていた。

やったことはないが、プレイしている友人の隣でゲームの展開を見ていた経験がある。

 

「なんて、グロテスクなゲームなんだろう」

と思った。

 

グロテスクなのだが、妙に病みつきになる怖さがそこにはあった。

 

 

私は今でもゲームが全くできない人間だが、YOUTUBEにアップされたプレイ動画を

たまに見たりする。

 

それで一回、なぜ「バイオハザード」は怖いのか? を真剣に考えたことがあった。

制作秘話を調べてみたりもした。

 

バイオハザード」はなぜ怖いのか?

 

そして、20年近く前の「バイオハザード1」と「バイオハザード2」が

今でも高い人気を誇るのはなぜなのか?

 

なぜ、人々の心に忘れられないシリーズになったのか?

 

 

それは当時の90年代の技術では、テレビ画面上に表現しきれないものがいっぱいあったからだと思う。

 

初代プレステーションの頃には、新しいステージに進むとき、どうしてもディスクの

読み込みに時間がかかってしまった。

 

それがプレイしている人にとっては大変なストレスになっていたのだ。

 

「早く次のステージに行きたいのに、ゲームの読み込みに時間がかかる!」

「読み込みが遅い!」

という声が多かったのだ。

 

90年代のプログラミング技術ではどうしても読み込みに時間がかかってしまったのだ。

 

しかし、その技術的な弱点を逆手に取ったのが「バイオハザード」だった。

 

ステージの移動の際に、読み込みに時間がかかるなら、

その時間を恐怖演出に使おうという発想をしたのだ。

 

ステージを移動するためにドアを開けると

突然、登場人物の視点になってゆっくりドアを開ける映像に変わる。

 

怪しい物音とともに、ドアがゆっくり開くのだ。

 

ステージの移動に主観映像を入れることによって、恐怖が倍増した。

 

一旦時間が空くことで、

「そのドアの向こうには何かがいる……」

という想像力をプレイヤーに働かせて、怖さが倍増するのだ。

 

読み込みの遅さという弱点を逆手に取った演出が功を奏して、初代「バイオハザード」は若手のスタッフが作りあげたゲームにもかかわらず、記録的なヒットを飛ばした。

 

 

何か技術的な壁があるときに、サスペンスが生まれやすいのかもしれない。

スピルバーグの「ジョーズ」も撮影用のロボットザメが動かないというハプニングがあったため、急遽、ダイバーに水中を泳ぐサメの視点を撮影してもらったのだ。

 

ロボットザメが動かないので、サメの姿を想像させる演出に変えていったのだ。

 

すると、恐怖が倍増して映画は大ヒットした。

 

スマホやネットが普及した現代社会ではヒッチコックが提唱してきたサスペンスの定義を実践しにくくなった。

 

登場人物は大概スマホを持っているため、犯人に追われてもスマホで警察を呼べてしまうのだ。

 

昔は公衆電話しかなかったので、犯人に追いかけられても公衆電話までたどり着かないと助けを呼べないというサスペンスが通用した。

 

しかし、技術が発展して、マサイ族ですらスマホを持つようになった現代では無理だ。

 

スピルバーグの初期作「激突!」も、今の時代では通用しない。

荒野の中を殺人ドライバーに追いかけられても、

「今、変な男に命を狙われている!」とスマホで簡単に連絡できてしまうのだ。

 

 

技術革新が進んだ今、サスペンスを用いたコンテンツが通用しなくなってしまったのだ。

 

クリエイターの人は頭を抱えていると思う。

こういうサスペンスを成立させたいのに、主人公がスマホを持っている時点で

サスペンスが成立できなくなるのだ。

 

簡単に仲間に連絡が取れてしまうのだ。

 

それに今の人は頭がいいので、矛盾を抱えたままコンテンツを提供してもすぐに見破ってしまう。

 

テレビも、作られた演出に視聴者は飽き飽きとし始めているので、見られなくなったのかもしれない。

 

テレビの嘘に皆、飽きてしまったのだ。

 

そんな作られた嘘が通用しない時代に、「バイオハザード7」は何をしたのか?

どんな恐怖演出をしたのか?

 

バイオハザード」は近年、売り上げが落ちていた。

皆ゲームに飽き始めていたのだ。同じ展開に慣れていたのだ。

 

しかし、「バイオハザード7」だけは異様に評判がいい。

 

停滞していたシリーズが一気に回復しつつある。

作られたサスペンスの嘘が通用しなくなった今、何をしたのか?

 

私は気になっていた。

気になってプレイ動画を見たりした。

 

怖かった。

めちゃくちゃ怖かった。

 

てか怖すぎるだろ、このゲーム!

 

怖かったが一つだけわかったことがある。

 

 

バイオハザード7」から一人称視点に変えて、ゲームを体感するという演出に変えたのだ。

 

初代「バイオハザード」は三人称の視点だった。

監視カメラのような映像で、主人公を操る視点だ。

 

どこか神の視点でプレイヤーは主人公を操ることができるのだ。

壁際にいるゾンビなどもゲームの中の主人公には見えなくても、神の視点を持つプレイヤーにはわかったのだ。

 

しかし、今回の「バイオハザード7」は完全に一人称視点だ。

ゲームの世界観にプレイヤーが入るようになる。

 

一人称視点なので、クリーチャーに噛まれたら、自分の体を噛まれたように錯覚する演出がされているのだ。

 

 

ゲームという商品ではなく、体験を売るようになった。

ゲームというコンテンツを買うというよりは、体験を買っている感じだ。

 

 

これはレッドブルが世界的に成功したマーケティング戦略に似ているのかもしれない。学生だった頃、私は大学によく、レッドブルを無料配布している綺麗な姉さんをよく見かけた。

 

他にも大きなイベントや学園祭などでレッドブルが無料配布されているのを見かけたことがある。

レッドブルはF1レーサーのスポンサーについたり、有名なサッカー選手にレッドブルを飲んでもらうというイメージ戦略を行っていたりする。

 

レッドブルはF1やスポーツのイベントなど、刺激的な場所によく出没するのだ。

 

その背景には、レッドブルは「エキサイティングな体験を提供する」というイメージ戦略があるという。

 

レッドブルは飲料を売るのではなく、体験を売っているのだ。

レッドブルを飲めば、エキサイティングな体験ができるというイメージを買う人に植え付けているのだ。

 

そのイメージ戦略がレッドブルのブランドにつながった。

 

スターバックスもアップルもブランドがある企業は、商品だけでなく体験を提供する。

 

スターバックスはコーヒーを売っているのではなく、職場と家庭をつなぐ第三の場所という体験を売っている。

 

アップルもただのPCを売っているのでなく、Macbookを始めとしたクリエイティブで創造性を育む体験を提供しているのだ。

 

バイオシリーズはカルトヒットを飛ばした「バイオハザード2」以降、低迷していた。

 

しかし、「バイオハザード7」から一気に人気を回復していった。

それはゲームというコンテンツだけでなく、体験を売るようにしたからだと思う。

 

一人称視点でプレイヤーが恐怖の世界観を実際に体感するということ売っているのだ。

 

 

去年ヒットした「君の名は。」も同じだった。

映画の先にある体験までもコンテンツにしたのだ。

話題になった聖地巡礼がそれだと思う。

 

映画の先にある体験までも視野に入れてコンテンツを作らなければ、

コンテンツが売れない時代になったのだ。

 

バイオハザード7」を作り上げたクリエイターたちはしっかりとわかっていたのだと思う。

今の時代、人々に突き刺さるのは商品ではなく、体験であると。

 

私は全くゲームができない人間だ。

しかし、話題になっている「バイオハザード7」から、今の時代に生き残る

コンテンツクリエイターのあり方の多くを学んだ気がする。