読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

私にとってトラウマである就活に挑んでいる学生を見て、浦沢直樹「MONSTER」を思い出す

f:id:kiku9:20170316095421j:plain

 

 

就職活動……

それは私にとって最大のトラウマでもある。

 

「なんで私は選ばれないの……」

就活中にずっと思い悩んでいた。

 

私はマスコミ中心に30社以上受けていたと思う。

テレビ局から広告代理店など、なんか受かったらカッコイイ会社を中心に受けていた。

「自分にはクリエイティブな何かを持っている」

「人とちょっと違った素質を持っている」

そう信じ込んでいたのだ。

 

テレビ局なんて倍率1000倍の世界である。

15人ほどの採用枠に1万エントリーがあるのだ。

宝くじを引くような倍率なので、普通だったら落ちて当たり前だと思うが、

マスコミ中心に受けて、周りにいる必死の就活生を見ていて、私は常に傍観者でいたと思う。

 

「こいつらは落ちても、自分は受かるだろう」

くらいに思っていたのだ。

 

そんな上から目線の人間を雇ってくれる会社はなかった。

私は30社以上ほぼ全て落ちた。

 

「なんでこの世界は選ばれる人と選ばれない人がいるんだ」

私はずっとそう悩んでいた。

 

同じ大学を出ても、年収1000万を超える人もいる一方で、年収300万で終わる人がいる。

 

その違いって一体何なのだろう?

 

「自己紹介をお願いします」と言われて、

サークルで何々をして〜などの自己PRを言い、見た目と雰囲気からくる印象で、

内定を出すかどうか判断される。

 

何で、このよくわかない就職活動というもので、自分の人生が振り分けられていくのか? 

そのことに当時の私はものすごく違和感を感じていた。

 

入社した後もその違和感がずっと残っていた。

深夜、会社の窓から六本木ヒルズの夜景を眺めているうちに、何で自分はここにいるのだろうと思ってしまった。

六本木ヒルズで働くような選ばれた人がいる一方、自分のように選ばれず、ひたすら地面に頭を下げて下働きをしている人がいる。

 

たった5分の面接でその人の人生が決まってしまうのだ。

 

自分は選ばれなかった。

 

結局、度重なる睡眠不足とノイローゼ状態になり、会社を辞めてしまった。

意識が朦朧としたまま、海外を放浪し、渡り歩いた。

 

なんとか日本に帰ってきて、第二新卒で雇ってくれる会社を見つけられることはできた。

しかし、一年以上経った今でも、3月になり、就活解禁の季節になると、就活でもがき苦しんでいた自分を思い出し、胸が苦しくなってきた。

 

皆同じスーツを着て、同じような自己紹介をして、同じように面接官による天秤にかけられていく。

その姿を映し出したニュースを見ていると、何だか感慨深い感じがしてきた。

 

就活は一度やった人ならわかると思うが、学生側にとんでもなく負担がかかってくるものだ。

3月に解禁され、早くも受ける会社を決め、4月上旬締め切りのエントリーシートをひたすら書くのだ。

自己紹介、入社希望、学生時代に頑張ったことなど、400字以上埋めなければならない。

 

そのエントリーシートを大量に書いても、面接官は読んでくれているとは限らない。

1万エントリーもあるような大企業は、エントリーシートを読んでいる暇などあるはずがない。

 

それでも読んでくれているかわからないエントリーシートを就活生はみんな必死こいて書くしかないのだ。

 

不採用通知がガンガン飛んでくると自分は社会に必要とされてない人間のように思えてくるものだ。

 

一年以上経った今でも、就活に後ろめたさを感じている自分がいた。

そんな就活にトラウマを抱えていた私だったが、先日、就活生を応援するイベントに参加する機会があった。

 

就活に失敗し、第二新卒も経験した自分にしか喋れないことがあるのではないか?

そう思ったのだ。

 

3月の時期から就活のイベントに来るような人たちは皆、優秀な人だらけだった。

ハキハキと自己PRを言い、自分の考えを正確にまとめてきちんと相手に伝えていた。

私はそんな就活生を見ていると、自分も昔はこんな感じに就活していたんだなと思ってしまった。

 

皆必死なのだ。

自分が選ばれたくて必死なのだ。

みんなとても一生懸命だった。

 

そして、そんな就活生の姿を見ているとあることに気づいた。

自分は以前ほど、就活に憂いていなかったのだ。

 

浦沢直樹「MONSTER」の最終巻にこんな一節がある。

幼少期のトラウマで怪物となってしまったヨハンのニュースはヨーロッパ中を震撼させていた。

しかし、時が経つにつれて新聞で取り上げられるページ数も少なくなっていく。

 

「悲しみはどんどん薄れていって、楽しかった思い出ばかりが残っていく。人間は都合よくできているのよ」

 

本当にそうなのかもしれない。

人間はつらい出来事ほど、記憶から消えていくようにできているのだ。

 

私は就活にとてつもなくトラウマを感じていたと思う。

しかし、時が経つにつれ、そのトラウマも忘れていったのかもしれない。

 

私のように弱い人間は就活生に対し、

「就活なんてやめてもいい」なんて言えない。

 

しかし、就活という意味がわからない行事も時が経つにつれ、

「そんなこともやっていたな」くらいに思うものだ。

 

就活なんてそんなもんである。

 

 

日本の就活が理不尽なのはわかっている。

選ばれた人がいる一方、選ばれなかった人がいる。

入った会社によって、年収も待遇もガラリと変わってくる。

死ぬほどエントリーシートを書いても、容赦なく落とされる。

 

就活に嫌気がさす人もいっぱいいるだろう。

それでも、とことん戦い抜いてみてほしいと思う。

 

今思えば、私は30社以上落ちたが、とことん就活に向き合っていたと思う。

きちんと戦ったから、先日の就活イベントにも参加できるようになったのかもしれない。

 

自分のようなプー太郎がどうこう言えることではないが、きちんと就活に向えば、なんだかんだ言って、いい選択をすることができるのかもしれない。

そんなことを思った。