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年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

生まれた瞬間から、ビルから飛び降りている

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「なんか単調だな」

毎日、ありふれた日常を過ごしているといつしかそう思ってしまう。

 

子供の頃には色鮮やかに見えていた都会の景色も、毎日見慣れてきてしまうと単調なコンクリートの塊のように見えて、何の新鮮味も帯びてこない。

 

昔は家から最寄りの駅まで歩くだけでも大冒険だった。

道端には花が咲いていたり、空を見上げると面白い形をした雲を見かけたりする。

石ころが転がっているとひっくり返って、裏に虫がくっついてないか確認したいしていた。

 

しかし、大人になるに連れて、ありふれた日常にある新鮮な景色を観ていく余裕もなくなっていった。

 

駅に向かう道中も、忙しない毎日に没頭するあまり、周囲も気にせず一直線に目的地まで向かってしまう。

 

慣れというのは本当に怖いことかもしれない。

毎日、同じ景色を見て、、同じような道を歩いていると、何も新鮮味を感じなくなってしまう。

 

そんな自分が嫌で、いつしかカメラを持つようになった。

会社に向かう途中もカメラを持って歩くことで、どんなに忙しくても、

ありふれた日常に潜む一瞬の輝きを捉えるように意識を変えてみた。

 

すると、面白いことが起こった。

毎日の出社時間が楽しみになったのだ。

朝の渋谷にこんなにゴミがあるなんて思わなかった。

スクランブル交差点の真ん中に光が差し込んでくる瞬間があるなんて思わなかった。

 

 

カメラを持つことで、少しずつ、少しずつだが目の前に広がっていたモノクロの世界も色味がかかってきた。

 

毎日、同じ時間で同じ電車に乗って、周囲と同じような顔をしながら会社にむかう。そんな単調な毎日に少しでも新鮮味を感じようとした自分なりの工夫だった。

 

だけど、ちょっとずつカメラを持ち歩くことに慣れてき始めた頃、また、恐ろしい慣れというものが襲いかかってきた。

カメラを持ち歩くことで、新しく見えてきた景色も、仕事量が膨大になるに連れて、

見つめている余裕がなくなってしまったのだ。

 

最近だと、カメラはいちよバックにしまっているが、撮っている余裕がなくなってしまった。

こんなんでいいのだろうか。

今は、仕事に集中しなければならない。

だけど、何か心の奥底から大切なものが消えていく感触が常にあった。

 

「凍」

ずっと、気になっていた本のタイトルだった。

作家はノンフィクション作家の沢木耕太郎氏である。

この著者の「深夜特急」を読んで、感化されすぎて、自分は東南アジアに疾走してしまった。そんな感じに多大な影響を受けた作家さんだ。

 

社会を鋭く見つめ、その中にある素材から絵が浮かぶような描写力で言葉をつなげていく。

そんな沢木氏の姿に憧れるとともに、こんな文章は自分には書けないと思えてしまうくらい高嶺の花のような存在の作家さんである。

 

 

そんな沢木氏が世界最強のクライマーと呼ばれる山野井氏とその妻の登山夫婦を追いかけたノンフィクション本があった。

それが「凍」である。

 

ずっと、この本が気になっていた。

自分はあまり登山とか運動とかは得意ではないし、興味もあまりない。

 

だけど、孤高に美しいチベット氷壁に命を削ってまでも挑んでいくこの登山家夫婦の物語がなぜかずっと気になっていた。

 

ブックオフで見かけ、つい手をのばしてしまった。

読み始めると止まらなくなった。

 

標高8000メートルを超えると、人間には致死レベルの領域だという。

エベレストの他に8000メートルを超える山は世界に数箇所あるが、多くのクライマーは極地法という方法で登ることになる。

ベースキャンプから出発して、徐々に荷物を荷揚げしてキャンプを設置していき、最後の何人かで登頂を目指す。軍隊のような手法で山頂を目指すのだ。

 

 

だが、この本で描かれている山野井夫婦は違った。

ベースキャンプから単独で頂上を目指すアルパイン・スタイルと呼ばれる登山家なのだ。もちろん、ベースキャンプを出発すると、そこからはアシストしてくれる人はいない。

雪崩にぶつかっても、道に迷っても、自分の経験と感覚を研ぎ澄ませて、対処していくしかない。

一歩間違えれば、命を落としかねない危険な登山でもある。

 

この本では、なぜ夫婦が命を削ってまでも孤高の山に挑んでいくのかが書かれている。

 

そこには少し普通の人には理解しきれない感覚もある。

なぜ、指を凍傷ですべて失っても、再び山に登ってしまうのか。

山に魅せられ、虜になった夫婦の物語がそこにはあった。

 

仕事の合間も通勤の時間も全て使って私はこの本に読みふけってしまった。

命を削ってまでも、自分の好きなことに向き合っているこの夫婦に魅了されてしまったのだ。

 

 

ヒマラヤの難峰ギャチュウカンと呼ばれる氷壁にアタックした夫婦。

そこで事故が起こってしまう。

 

美しい大自然の中、猛烈に吹き荒れる吹雪を前にして、一週間近く遭難してしまうのだ。

「生きて帰れるのか」

登る途中で何度もそう思った。

 

引き返そうと思えば、出来たはずだが、指を失うことになってもどうしても山に魅せられ、頂上を目指してしまう。

 

なんか孤高の精神というか、普通の人とはかけ離れた精神力に私は圧倒されてしまった。

 

命からがら下山することに成功するも、その代償は大きかった。

奥さんは18本の指を切断することになり、山野井氏も多くの指を切断することになる。

だけど、とくに奥さんの方はあまりショックがないという。

自分が好きなことをやって、体を傷つけたのだから仕方ないと思って、また山に登ってしまうのだ。

18本の指を失ってまでもこう考えたという。

「戻らないのは仕方ない。大事なのはこの手でどのように生きたかだ」

 

 

人は生まれた瞬間から、ビルから飛び降りているとどこかで聞いたことがある。

いつの日か地面にぶつかって、命が尽きるのだ。

 

ビルから飛び降りている時間の中で、その人がどう生きていくのか。

 

山野井夫婦のように自分の寿命を削ることになっても、自分が愛してやまない登山を続ける人もいる。

毎日、単調な日々を過ごして、地面にぶつかるのを待っている人もいる。

 

 

この本を読んでから、毎日を全力で生きなきゃなと思い、力が湧いてきた。

ありふれた日常に潜む、輝かしい一瞬もしっかりと見つめていたい。

そんなことをふと思うのだ。

 

 

今日も忙しない一日になりそうである。

そんな日々でも私は満員電車の中に飛び込んでいく。

 

 

「自分の中に自分はいない」……そう教えてくれたのは。

 

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今思えば、大学生の頃から自分は常に浮足立っている感覚があった。

ずっと浮足立っていて、生きているのかどうかわからなくなる瞬間。

そんなことが常にあった。

 

無機質なコンクリートジャングルで生まれ育ったせいか、

土にしっかりと踏み込んで立っていない感じ。

 

常に浮足立っていたのだ。

その感覚が露呈し始めたのが、就活の頃からだった。

 

「自分の強みは〇〇です」

何百人と受けてくる就活生。

面接官もしっかりと優秀な学生層を引っこ抜くのに必死である。

 

「私は大学生時代に〇〇をやっていました」

とにかく人と違うことを喋らなきゃ。

人と違うことをしなきゃ。

 

そんなことで雁字搦めになっていた。

 

他者と簡単に比較できてしまう時代。

SNSを開けば、小学生の同級生の動向も簡単にわかってしまう。

 

「あ、あいつ今この会社でこんなことやっているんだな」

「あ、昔は静かなやつだったが、今はこんなことをやっているんだ」

みな、楽しそうな日々を送っている様子がタイムラインで流れてきては、

自分と他人を比較してしまい、胸が苦しくなる。

 

一体何をやっているんだろう。

自分は一体、何になりたいのだろう。

 

 

とにかく人と違うことをしなきゃ。

人と違う自分でいなくちゃ。

 

そんな思いが込み上がって、常に浮足立っていて生きている心地がしなかったのだ。

 

一度、すべてが嫌になって海外に逃避行の旅に出たことがあった。

東南アジアをぐるっと一ヶ月以上かけて一周したのだ。

 

タイ、カンボジアベトナムラオスと自分の足で歩き回って、自分の足で

世界を見に行きたい。

その思い出駆られて、ただ何も考えずに放浪していた。

 

海外に行けば、何か見つかるだろう。

きっと、そのときは自分自身と一旦距離を起きたかったのかもしれない。

 

ずっとむやみに放浪しているうちに多くの人と出会った。

一輪車で世界一周をしている青年。

耳が聴こえないのに、英語、日本語、韓国語を喋るおっちゃん。

 

旅の中で出会った人は今でも色鮮やかに覚えている。

だけど、どうしてもわからないのだ。

 

海外に出てきたけど、自分は一体何をしにきたのか。

自分は何がしたいのだろうか。

 

タイ・バンコク貧困層に苦しむ人々の暮らしを眺めているうちに、

ふと自分はこんなところで何をやっているんだろうかと思ってしまった。

 

自分はただ、逃げてきただけだ。

そんな思いに駆られて、結局は日本に帰ってきた。

 

日本に帰ってきてから転職をして、きちんとした社会人一年目をスタートさせた。

社会人になって、早一年以上が経った。

毎日仕事を覚えるのに必死で、あっという間に一年が経ってしまった。

忙しない毎日の中、ただひたすら仕事を覚えるのに必死だった気がする。

 

ちょっとずつ仕事に慣れてきて、すこし余裕が持ててきた頃、ふとSNSを開いた。

そこにはやっぱり周囲の人々に様子が全面に映し出されていた。

 

ある人はベンチャーで成功して、裕福になっていたり、

ある人は自分のやりたいことを追い求めて、アメリカに渡ったり、

さすがに26歳となるとみんなそれぞれ自分の道を決めていっていた。

 

すごいな。

みんな自分の道を決めているな。

 人と比べて、自分の劣等感を感じていた頃。 

そんな時、ふとある本を開いた。

「芸術と科学のあいだ」

 

動的平衡という生物学の新しい概念を生み出した福岡伸一先生の著者である。

 

動的平衡というのはすべての人の細胞は常に半年後には生まれ変わり、

人の記憶は一体どこから来るのか? という学術的にも難しい論点だ。

(全部わかってなくてしっかりと書けなくて申し訳ない)

 

秩序があるなかで美しさを感じるセンス。

科学の世界で生きているからこそ、美的センスというものが大切だという。

 

数学的な計算でも、整数が続く数字に美を感じられるかどうか。

それが数学者にとって大切なことらしいのだ。

 

日本の教育は早い段階から文理がわかれてしまう。

理科系も文学系も共通で芸術的な論点が必要だと思い、

芸術と科学のあいだにある繊細さとその均衡の妙さをまとめたのがこの本だった。

 

私はこの本が好きでたまにパラパラと開く。

 

何か心がもやもやしていたのだろう。

ふと、開いたページに目をやった時に、考え込んでしまった。

やはり、心が病んでいるときには、その時々に出会うべき言葉がしっかりと存在するのかもしれない。

 

「自分の中に自分はいない」

先生はパズルのピースの例を出しながら、生物学の根幹にあるものを教えてくれる。

 

なくしたパズルを探す場合は、メーカー側になくしたピースの周囲8つ分を渡せばいいという。

 

周囲のピースがわかれば、無くしたピースも判明するのだ。

 

生命も同じで、それを取り囲む要素との関係性のなかで初めて存在しうる。

 

私はこの一説を読んだ時に感動してしまった。

「自分の中に自分はいない。自分の外で自分が決まる」

 

就活をしていた頃はとにかく何者かになりたくて必死だった。

常に浮足立っていて、生きている心地がしなかった。

 

だけど、どんなに自分を探し回っても結局答えは見つからないのだ。

 

自分と外の世界とのつながり……それが自分を構成する様相になる。

 

今までずっと自分の殻に閉じこもって逃げていた部分があった。

いつも周囲と自分を比べてしまい、劣等感を感じてしまう。

そんな自分が嫌で、なおさら自分の殻に閉じこもっていく感覚。

 

だけど、自分が外の世界とどう繋がっているのか?

それがいちばん大切な気がするのだ。

 

もっと、人と関わらないとなとふと思ってしまった。

 

 

ひとと関わらなければ、ひとに輪郭は生まれない  

 

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「君は思い込みが強すぎる」

ある日、突然職場の上司にこんなことを言われた。

 

自分が担当しているお客さんに挨拶に行った時、

「仕事が忙しそうで、全く相手にされなかった」と報告した時だった。

 

「あの人はそんな無責任な方じゃないよ。君がその人をそういう人だって思い込んでいただけじゃないの? 君は思い込みが強すぎる」

 

その言葉を言われた時にハッとしてしまった自分がいた。

確かにその通りである。

 

自分が子供の頃から悩んでいた部分を的確に指摘されて、えぐり取られた感じ……

 

 

自分は昔から人と関わるのが苦手だった。

小学生の頃から、どこかクラスメイトと馴染めない自分がいるのには気がついていた。

自分の考えがあるのに、うまく言葉にして吐き出せない感触。

ずっとモヤモヤを抱えて、じっとしていられなかった。

 

いつからだろうか。

クラスの隅っこでうずくまっているうちに、授業中も昼休みもただひたすら時がすぎるのを待つようになっていた。

 

「人と関わるのは面倒だ。だから自分の世界に引きこもっていればいい」

そう思い、部活動もろくにせず、学校が終わると一目散に家に帰っていた。

 

団体行動を取ろうにも、うまく出来なかった。

中高と野球とかバスケをやってみようと、部活の体験入学などをやってみたが、

みなで同じ方向に走る……

団体でプレーをするということにどうしても馴染めない自分がいた。

 

なぜか団体行動をしようとしても、どっと精神的に疲れてしまい、ぐったりとしてしまうのだ。

 

「なんで自分はこんなにも人と関われないのだろう」

とそんなことを思い、いつしか自分の殻に閉じこもるようになった。

 

周囲の心ある人間にも目に見えない膜を貼り、自分の枠の中に入ってくるのを拒絶するようになった。

 

「君は人に対する思い込みが強すぎる」

そう上司に言われた時、自分の人生の中での人間関係の問題がすべて露呈してしまった気がする。

 

人と関わるのは苦手だ。

だから、周囲にバリアーを張って、自分が傷つくのを避けている。

そんなことは自分でもわかっている。

だけど、どうしても人の性格はなかなか変わらない。

 

いつしか、人と会っても、ちょっとした仕草だけで

「あ、この人はこういう人なんだな」

「いま一瞬、目を背けたから、この人はきっと自分に興味が無いんだな」

 

ちょっとした仕草や行動だけを読み取って、その人を判断してしまうようになった。

初対面の人と5分くらい話して、相手のことをすべて理解するのは不可能だろう。

目を背けたりする行動も、その人の性格の氷山の一角にすぎないのかもしれない。

だけど、思い込みが激しい自分はちょっとした仕草を読み取るだけで、

「あ、この人はこういう人なんだな」と思い込む。

 

いつも仕事に疲れてしまい、家に帰る時には、ぐったりときてしまう。

「あ、今日もうまくいかなかったな」

 

そんなことを思っている時、いつものように本屋に立ち止まった。

ふと、目に入った本が気になった。

 

「臆病な詩人 街へ出る」

高校生詩人として一世を風靡したしじんの文月悠光が書いたエッセイ集である。

なにげなくページを捲っていると、ふと目に入った言葉が突き刺さった。

 

なんだこのエッセイ。

 

表紙の写真がとても好きだった。

臆病な詩人が光る街に出ていく感じ。

その物語が一枚の写真に写りだされていた。

 

気がついたら、レジで会計を済ませていた。

 

 

いつものように満員電車に揺られながら本を読み進めた。

高校生にして最年少で中原中也賞を取ったJK詩人。

そんなJK詩人もいつしか大学を卒業して、大人となって東京に出てくる。

 

社会から自分がどう見られているのか?

自分が社会から何を求められているのか?

 

高校生の頃から周囲から詩人というレッテルを貼られ、悩み苦しみながらも

懸命に言葉を継ぐっていく。

 

ありふれた日常に潜む、かすかな光を言葉にまとめていく。

そんな姿勢に心が惹かれてしまった。

 

そして、ある一説が目に焼き付いて離れなかった。

知り合いの作家が亡くなった際に自分に投げかけられた言葉。

それが一つの文章になっていた。

 

「ひとと関わらなければ、ひとに輪郭は生まれない」

 

恋愛も人間関係もすべて片思いからはじまる。

一方に好かれていても、自分の感情が相手を忘れてしまうこともある。

変動する自分の心を知ってほしい。だけど、相手を忘れたくない。

 

そんな矛盾に満ちた恋愛や人間関係のすべてがこの言葉に置き換えられている気がした。

 

恋愛も人間関係も、相手をよく知ろうとすればするほど、傷つく。

だけど、相手のことを知ろうとすればするほど、

いつしか相手との思い出が自分自身のかけらになっていく。

自分自身に輪郭が生まれていく。

 

 

なんだか、この一行の言葉に救われる思いがした。

 

人間関係は正直、面倒である。

自分のような「自分の世界に酔い浸りがちな」性格には、きっと辛い部分もある。

 

だけど、この言葉にある通り、

「ひとと関わらなければ、ひとに輪郭は生まれない」のだ。

 

いつも「人が嫌い」と言って、逃げていた自分がいる。

だけど、この言葉と出会ってから、どこか前を向いて人と関わらないとなと思うようになった。

 

 

是枝裕和監督の「万引き家族」を観て、アラブ諸国のモスクを思い出した  

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常に浮足立っている感じが常にあった。

毎日、満員電車にゆられながら、会社に向かっていると、自分が荷物のような扱いを受ける。

ぎゅうぎゅう詰めの電車の中で呼吸をじっとこらしながら、ただ耐える毎日。

 

自分が立っている位置を確保するのに必死で、周囲に目を配る余裕もない。

特に雨の日は最悪である。

 

多くの人が傘を持っているため、雨に濡れた傘がカバンにあたり、びしょ濡れになる。

 

始発から乗ってくる人は椅子取りゲームのごとく、目的地までじっと座っていられるが、途中の駅から乗ると、まず座れることはない。

 

ただひたすら自分の位置を確保するのに必死になる。

そんな缶詰状態の中に閉じこもっていると、たまに自分が生きているのかどうかわからなくなる瞬間がたまにある。

何かの糸がプチリと切れるかのように、ただ黙って時が経つのを待っている

感覚。

 

あまりにも情報が過多し過ぎで、自分の位置がわからなくなった時代と言われている。

忙しすぎる毎日に没頭するあまり、自分の立ち位置というか、自分が今何処にいて、どこに向かっているのかわからない感覚。

 

 

SNSを開くと、同級生たちが楽しそうな日々を送っている写真が投稿されている。簡単に他人と見比べることが出来てしまう。

 

自分って一体何なのだろうか?

ずっと、そんな風に浮足立っていて、生きている実感があまりわかなかった。

 

人と違うことがしたい。

人と違う自分でありたい。

 

そんな感情が渦を巻いて、ある時爆発して、異常に映画を観まくっていた時期があった。

大学生の頃は「何も持っていない」自分に嫌気が差して、家に閉じこもって映画ばかりを観ていた。たぶん、一日6本以上映画を観ていた時もあった。

 

そんな時だった。

是枝裕和監督のことを知ったのは。

 

「誰も知らない」を見たときの衝撃は今でも忘れられない。

こんなに後味が悪い映画がこの世にあるのかと正直思ってしまった。

現代社会に潜む、闇の部分をえぐり出す是枝監督の目線にただ、驚いてしまった。

 

ありふれた日常に潜む狂気というか、どこまでも続いていく日常のはずなのに、何かが壊れていく感じ。

そんな感覚がどの作品にも溢れていた。

 

カンヌを受賞した「万引き家族」。

これも見に行かなきゃなと思い、早速休日を利用して見に行くことにした。

なぜか突然の代休で休む事ができ、平日の昼間に映画館に駆け込むことが出来た。

 

映画館の中は人でごった返していた。

平日の昼間なのにこんなに人がいるとは驚いた。

やっぱり日本人の特性というか、賞を取ったものに異常に敏感になって、

みんなで同じ映画を観に、駆け込んでいるような感じだ。

 

映画が始まった。

正直言ってしまうと、自分にとって「そして、父になる」や「誰も知らない」の方が重く、ドシンと心に来るものがあった。

だけど、なんだろう、この感触。

スクリーンの前にいるはずの家族が途中から自分と重なって見えてきたのだ。

 

血がつながっていないが、絆で繋がる家族。

それは生きていくため、お金のために繋がりを求めて集まってきた家族なのかもしれない。

 

是枝監督のどの映画にも根底にあるテーマ「人とのつながり」

それが今作には一番わかり易い形でにじみ出ていた。

 

 

「私達はお金で繋がっているの?」

そんなことを登場人物の一人が語るシーンがあった。

生活のために集まってきた疑似家族。

だけど、どう見ても普通の家族以上に幸せそうだ。

 

映画を見終わったあとも、しばらくの間、ずっと考え込んでしまった。

あの家族が背負っていたものは何だったのだろうか。

なんで、あの場に集ってきたのだろう。

 

そんなことを考えている時にふと、アラブのモスクのことを思い出した。

 

大学時代のゼミでは、フランス映画学みたいなものを専攻しており、

その中でフランスの移民問題について、深く調べたことがあった。

多種多様な移民が混じりあり、アラブ各国から人々が集まってきている現在のヨーロッパ事情。

 

昔からパリに住んでいる人にとって、正直アラブ各国の移民は恐怖の対象なのかもしれない。

 

人種差別的な問題も浮上している中でも、秩序を保っている部分は何なのか。

アラブ各国の移民たちは、いつもある一定の時間になると礼拝堂(モスク)に集まってくる。皆、ある時間に一つの方角に向かって祈りを捧げている。

富裕層から貧困層まで、地位に関係なくある方角に向かって祈りを捧げている。

 

社会から一瞬、切り離され、自分と向かい合う時間を作っている。

 

そんな時間を持つことができる事によって、貧富の差を超えての秩序を保つ

理由にもなっているという。

 

現代社会はあまりにも高速で進みすぎだ。

高速で情報が過多していて、自分と向き合える時間がほとんどない。

 

そんな中でも、自分が依存できる場所を持つことが大切なのかもしれない。

どこか社会から自分を断絶できる空間や居場所。

 

それを求めて、映画の登場人物たちは、あの家に集まってきたのかもしれないなとふと、思った。

 

自分が依存できる場所。

心の拠り所というか、依存できる空間。

社会から断絶できる時間を求めて、人は世の中を彷徨い歩いている。

そんなことを強く感じた。

 

 

未来を写したその先にあるもの……  

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「終点、渋谷〜」

満員電車のドアが開いて、人がどっと溢れかえっている渋谷駅構内。

毎朝見ている光景で、一年以上社会人をやっているとさすがに満員電車にもなれてくる。

 

この電車に乗れば、通勤ラッシュの時間にあたるな。

この電車に乗れば、比較的ラクに都心に出れるな。

 

朝起きてから家を出るタイミングで、何時発のどの電車に乗れば、何時に会社に着くのかはだいたいわかってくる。

 

自分は人混みの中で電車に乗るのが大の苦手のため、早めに家を出て、

通勤ラッシュ直前の比較的空いている各駅停車に乗って会社に向かうことにしている。

 

各駅でも朝は大混雑だ。

怪物のような満員電車のドアが口を開けた時、ものすごい量の人がなだれ込んでくるのだ。

 

よくもみんなこんな混雑した空間の中、我慢しながら会社に向かえるよな。

自分も我慢しながら通勤している身だが、我ながら良くも持ちこたえて出社しているなと思う。

 

ドアの開け口が開くたびに、人の出入りがあり、自分が確保していたスペースは減らされていく。

 

あ、やばい。

クラクラと目眩がするときは、とっさに駅に降りて休むことにしている。

人と話すのが大の苦手な私は、とにもかくにも満員電車が駄目である。

 

いつも本を読んで、自分の世界に没頭しているが、周囲の雑音が目に入って、どうしても耐えられなくなる時がある。

 

なんかずっと空虚な感じがずっとしていた。

人混みの中で漂っていると自分が何処に向かって、どこに歩んでいるのかわからなく感触。

 

とにかく浮足立っていて、常にフラフラな状態で会社に向かっている感じだ。

 

あ、最近は写真も撮れてないな。

いっとき、何かの感受性が爆発したのか、会社に出社するときも仕事中も、帰宅中も、土日もカメラを持ち歩いて写真ばかり撮るようになった時期があった。

 

しかし、自分に課される仕事量が増加するに連れて、自分がなんとかしなきゃと踏ん張っているうちに、気がつくと今まで鮮やかに見えていた景色も少しずつ色あせていった。

 

あれ、なんだかおかしいな。

枯れていく自分の感覚。

どこか社会とのつながりを持とうと必死になっているうちに、何かが消えていく感覚があった。

 

一度、社会人を辞めたことがあったこともあって、とにかく社会とのつながりを持ちたくて必死になって働いていくうちに、外の世界と繋がるはずが、どんどん自分の中に閉じこもっていった。

 

土曜日になるといつもフラフラな状態になっていて、昼過ぎまで体が起きないのだ。

無理に外に出ようとして、カメラを持って街の中で出ていっても、

何も撮るものが思いつかない状態が数ヶ月続いていた。

 

 

「無理にカメラを持って、外に出なくていいです。常にカメラを持ち歩いて下さい。コンビニに行くだけでも心に響く自分だけの景色があるはずなんです」

 

以前に少しお世話になったカメラマンの方がツイッターでそんなことを呟いていた。

 

ガンを宣告されて、余命がわかっているのに、いつも笑顔を絶やさない、

そんな素敵な方だ。

 

その方がやたらと勧めている映画があった。

 

「未来を写した子どもたち」

 

インドの売春街で生まれた子どもたちが、カメラを通じて外の世界に飛び出していくドキュメンタリー映画だという。

 

私は、映画は好きだがドキュメンタリー映画は大の苦手である。

人との会話が続くだけで、見ているとなんだが映像に酔ってきてしまうのだ。

 

あ、ドキュメンタリーか……

どこか自分の波長とは合わない映画のような気がして、最初はあまり見る気が起きなかった。

 

だけど、気がついたらTSUTAYAのレンタルコーナーの棚からDVDを取り出していた。

 

インド・コルカタ……

 

自分は二年半ほど前にインドに行ったことがあった。

空港から出た瞬間、悪臭が広がり、人で溢れかえり、カオスとしか言いようがない世界。

信号もろくになく、タクシーやオートリキシャーに秩序なんて存在しない。

日本で生まれ育った自分にとっては、だいぶカルチャーショックな世界だった。

 

ホテルの送迎タクシーに乗ってデリー中心部に向かっていると、溢れんばかりの小さな子どもたちが群がってくる。

みんなボロボロの服を着ていて、物乞いをしている。

 

カースト制度というインドの奥深くに根付いている問題を目の前にして、自分は何も返答が出来なかった。

 

DVDのパッケージに映る、笑顔で笑っているインドの子どもたちの姿を見ているうちに、その光景を思い出してしまった。

  

家に帰り、さっそくDVDデッキで見てみることにした。

画面に広がっていたのは、自分が見てきたインドの光景と似通っていた。

 

過酷な環境下で生きている子どもたちに取材を続けるアメリカのジャーナリスト。

 

インドは生まれた瞬間に自分の運命がほぼ決まってしまう。

カーストですべてが分断されているため、富裕層の子どもたちはきちんとした教育を受けられるが、最下層のカーストの親を持つ子供は、大人になっても最下層のカーストである。

将来に就ける職業も生まれた瞬間にほぼ決まってしまう。

どんなに努力しても、変えられない現実が目の前に横たわっている。

 

売春街で生まれた子どもたちは将来、売春で生計を立てることが本人の意思ではなくても決まってしまうのだ。

生活苦のため、その環境下からも逃げ出せずにいる子どもたち。

そんな子どもたちに、アメリカ人のジャーナリストはカメラを与える。

 

生まれて初めて見るカメラを通じて、外の世界に飛び出していく子どもたちの姿がそのドキュメンタリー映画に映し出されていた。

 

売春宿で撮った子どもたちの写真が、とても美しいのだ。

無邪気にカメラを楽しんでいて、自分たちと外の世界をつないでいる。

 

ただただ、純粋にカメラを楽しんでいる姿が描かれていた。

 

しかし、月日が経つにつれて、過酷な運命が子どもたちの前に横たわっていた。

 

ある子は親の跡をついで、売春を始める。

カメラを通じて外の世界とつながることを知ってもどうしても変えられない現実がある。

 

それでもある子はカメラを持って、外の世界に飛び出していく。

奨学金を申請して学校に通い出す子どもたち。

 

純粋に目の前の過酷な光景を見つめる子どもたちの姿を見つめていると涙が溢れてくる。

日本はだいぶ恵まれている。

街を歩いていても乞食をやっている子どもたちの姿なんてまず見かけることがない。

 

だけど、純粋な目線で外の世界に繋がっていこうとするインドの子どもたちの姿を見ていると日本にはない何かがある気がする。

 

最近は仕事が忙しいのを理由に自分の世界に閉じこもってばかりいたと思う。

 

カメラを通じて、外の世界を見つめる喜び……

そんなことをこのドキュメンタリー映画を見ているうちに感じた。

「狂」としか言いようがない圧倒的な名演をこの目に見せつけられた。

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「この映画だけは絶対見たほうがいい」

先日、映画好きの方が集まる会に久しぶりに参加した時、いつもお世話になっている方からこんなことを言われた。

その方は大の映画好きで、お会いするたびについつい映画の話ばかりしてしまう。

 

「この映画だけは絶対に見たほうがいい。見なきゃだめだ!」

どこか好きな映画の波長が似ているその方がここまでおっしゃるなら、

さぞかし名作なのだろう。

 

その映画のタイトルは知っていた。

確かにトレーラーを見る限り、名作の予感が漂っていた。

 

ハリウッドの名俳優ゲイリー・オールドマン主演の

ウィンストン・チャーチル ヒットラーから世界を救った男」。

 

トレーラーを見たときに、なんだか面白そうだな……

機会があれば見に行かなきゃなと思っていた。

 

だけど、なんだかんだ4月、5月と仕事でバタバタしてしまい、見に行く時間を持て余していた。

 

すでに6月になってしまい、上映している映画館なんてもうないだろうな。

DVDが出たときに見ればいいや。

そう思い、見るのを半ば諦めていたのだ。

 

「この映画は絶対に見たほうがいい。本当に見たほうがいい!」

映画好きのその方に嫌という程熱く語られ、なんだか自分の心も動いてしまった。

 

今、都内の映画館でやっているところあるかな?

渋谷とかのミニシアターなら公開から2ヶ月以上経っても上映してそうである。

 

だが、調べてみると都内で上映している映画館は皆無だった。

そうだよな。二ヶ月以上前に公開した映画を上映してくれている映画館なんてないよな。

やっぱり映画じゃなくて、DVDで見ればいいや。

 

そう思い、映画館で見るのを諦めかけていた時、ふとネットに上がっていた

埼玉の映画館の公開情報に目をやった。

 

う、やっている?

 

大宮にあるイオンシネマだけが上映していたのだ。

 

自分が住んでいるのは調布市近辺である。

電車で大宮まで1時間以上かかる。

 

休日で移動するにはなかなかの距離である。

どうしようかな。

レンタルが始まるまで待つかな。

 

 

だけど、どうしてもこの映画は映画館で見なきゃいけない。

そんな直感が働いていた。

 

後世にも語り継がれるような名作はなるべくならテレビやPCの中ではなく、

眼の前に広がるスクリーン上で見たい。

というよりむしろ、なぜかわからないが、この映画だけは今、見なきゃ!

そんなことを感じたのだ。

 

大宮まで行くか。

 

そう思いたち、休日でのんびりする暇もなく、朝から電車に飛び乗り、埼玉県の大宮に向かうことにした。

 

新宿からだと40分くらいである。

最寄りの駅からイオンシネマまで15分以上歩いた。

(なぜ駅の近くにショッピング施設を作らないんだ!)

 

 

公開から二ヶ月以上経っているためか映画館の中はガラ空きである。

ほぼ、席に自分しか座っていない。

 

席に座り映画が始まるのを待つ。

 

映画が始まった。

オープニングでの国会の討論シーン。

ヒットラーの侵略からどうイギリス本土を守るべきか?

次の首相は誰にすべきか?

 

そんなことが議論されている中、カメラは天井から白熱した討論を繰り広げている議員たちにフォーカスしていく。

 

オープニングを見た瞬間、

「この映画は普通の映画じゃない!」

そう思った。

 

ワンカット、ワンカットの演出や作り込み具合が半端ないのだ。

議長の部屋に差し込んでくる朝焼けの光、一つ一つが徹底的に計算され尽くされていて、どうみても戦時中の1940年代のイギリスの光景にしか見えないのだ。

 

そして、主人公であるチャーチルが登場するシーン。

どっぶりと太った容姿に滑舌が悪く、タイピストを罵倒するシーン。

もはや演技には見えなかった。

 

チャーチル役をやっているのがゲイリー・オールドマンだとは知っていた。

特殊メイクが優れていて見た目がチャーチルそっくりなのがわかる。

だけど……

声も、仕草も、言動も、食べ方も、すべてチャーチルにしか見えないのだ。

 

圧倒されるような演技を見せつけられ、どこからどう見てもチャーチルがスクリーンの中を歩き回っているようにしか見えない。

 

こ、これが演技なのか。

気が狂ったまでに洗練され、昇華されている演技力に驚いてしまった。

 

これが、本物の名演なのか……

 

 

そして、物語は後半に続く。

史上最大のダンケルク撤退作戦を前に、政界で闘争を繰り広げるチャーチル……

 

この映画の原題は「darkest hour」という。

ナチスドイツが暴走を始め、ヨーロッパ全土に侵略戦争を仕掛けていた時、

アメリカも他国も無関心を装っていた。

1940年はイギリスだけがナチスに徹底抗戦を挑んでいたという。

 

フランスも陥落寸前で、本当にヒットラーが世界を征服するかもしれないという恐怖で覆われ、真っ暗闇の時期があった。

そんななかでもチャーチルだけは「最後まで戦え」と信念を貫き通していた。

 

いま現在の私たちは、連合国がナチスドイツに戦争で勝利し、第二次世界大戦終結することを知っている。

 

しかし、当時の人は海の向こうで、今にもヒットラーが本土に侵略をしかけてこないか不安で仕方がなかったと思う。

 

そんな恐怖に覆われ、暗闇の中でも自国の勝利を信じて、ある種の盲信で人々に鼓舞し続けていた人物がいた。

 

スクリーンの前で繰り広げられるチャーチルの演説を見ているうちに、気がついたらポロポロと涙がこぼれてきてしまっていた。

 

チャーチルにあったのは、異常なまでの負けず嫌いだったのかもしれない。

政界一の嫌われ者だったが、異常な負けず嫌いと自己の盲信だけで首相までのぼりつめたのかもしれない。

 

だけど、危機にひんしたときに見せた、信念としかいいようがない説得力。

国土が崩壊しても、何が何でも戦いに勝つことができるという、盲信が国民を動かしたのかもしれない。

 

 

結局何かをやり遂げる人は才能とかの前に、信念というか、ある種の盲信があるかないの違いかもしれないと、この映画を見ているうちに思ってしまった。

 

昔、ある人に自分はこう言われたことがある。

「人はなりたいと思った人になる」。

 

その方は25歳で単独でニューヨークに飛び込み、世界中で活躍する料理人になっていた。

何が何でも世界一のシェフになると単身で飛び込み、ハリウッドでも活躍する料理人になったという。

 

 

ニューヨークは夢追い人の街だ。

「プロのカメラマンになれると信じて疑わなかった人はプロのカメラマンになれたし、カメラだけでは食べていけないと思っていた人は結局、その通りになった」

そんなことを教えてくれた。

 

チャーチルが今なお、偉大なリーダーとして崇められているのはやはり信念というか、盲信があったからかもしれない。

 

何が何でも自分はこうなれる。

戦いに勝つことができると信じて疑わなかった盲信が人の心を動かしたのだ。

 

チャーチルの演説シーンを見ているうちに、自分は映画を見ているのかどうかもわからなくなってしまった。

 

なんだか映画の中で描かれていた物語以上のものを自分は受け取った気がするのだ。

 

 

 

「クリエイティブな仕事」があるのではない

 

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「なにかモノを作りたい欲求が溢れているんです」

そう目をキラキラしながら映画への情熱を語る人がいた。

 

その時、私は久々に映画好きの人が集まっている会に参加していた。

毎月開催されており、以前は毎月参加していたが、最近は仕事が忙しいのを理由に全く参加できてなかった。

 

久々の休日とその映画好きの会の日がかぶって、今日は参加することができた。

 

「久々だけど、行くか」

そう思って、足を運んだのだ。

毎月のように映画好きが集まるその会……

「これでもか!」というくらいマニアックな映画を語る人、

だれも知らないけど、とにかく好きでたまらない映画を語る人、

などなど若い世代から年配の方まで多くの人が集まってくる。

 

自分は大学時代にわりと多くの映画を見ていた。

授業をサボっては映画館に閉じこもり、一日6本くらいの映画を見ていた。

(映画の見すぎでTSUTAYAから年賀状が届いてしまったくらいだ)

 

 

わりと映画について詳しい方だと思っていたが、その会にいくと

周囲の人の映画への情熱と知識の量に圧倒されてしまう。

 

久々に楽しい会を過ごす中で、ある方が、自分が好きな映画について語り、

「最近、映画が撮りたくて仕方がない。モノをつくりたい欲求がすごい」

と熱く語っていた。

具体的に映画が作りたくて、行動に移しているらしいのだ。

 

その方の熱い目線を見ているとなんだか懐かしくなってしまった。

自分も昔はこんな感じだったんだなと思ってしまったのだ。

 

大学時代はアホみたいに映画を見て、アホみたいに映画を作っていた。

とにかく映画を見ていたか、映画を作っていたことしか記憶がないくらいだ。

 

どうしてもゾンビ映画を作りたいと思い、大学に10リットル以上の血糊をばらまいてゾンビ映画を作ったり、ヒーロー戦隊者の映画を作ったりで、

無我夢中になって映画を撮りまくっていた。

 

とにかく、なにか自分というものを表現したかったのかもしれない。

今思うと、大学生特有のエゴが爆発していたのか。

とにかく夢中になって映画を作りまくっていた。

 

自然と、映画の現場に興味を持ち、撮影所でアルバイトを始めた。

そして、その流れのままテレビ制作会社に就職して、映像の現場で働き始めた。

 

「やっと夢だったクリエイティブな世界に入れる!」

そう思って、胸をときめかせて映像業界に入ったが、なかなか現実は厳しかった。

 

2ヶ月以上休みがなく、5日寝ずに働いていたら体を壊してしまったのだ。

今思うと、自分が弱かっただけなのかもしれない。

好きなことなら続けられると思ったが現実は甘くなかった。

 

仕事を辞めてからしばらくフリーターをして、転職は出来た。

どうしても映画に関わる仕事がしたいと思い、

映画や業務用のカメラを扱う会社になんとか入れたのだ。

 

自分が感じたことだが、日本という社会は第二新卒に異常に厳しく、

一度失敗した人間にはとても冷たい目線が送られる。

そうした中で、運良く少しでも興味がある業界に入れたのはラッキーだった。

 

なんとか今は営業職ということでサラリーマンをやって、

毎日満員電車に格闘しながら会社に出社している。

 

一度、痛い挫折を味わったので、意地でも逃げ出せないと思い、誰よりも早めに出社して、毎日終電近くまで残って仕事している。

 

カメラという自分が興味を持っているものだからか、あまり仕事が辛いとは思わないが……

それでもなんだろうか。

少しずつ、少しずつ心の中でもやもやが広がっていった。

以前は自分が持っていたはずの何かが少しずつ損なっていく感じ。

 

きっと大学時代には何かを作りたいという欲求があったはずなのだ。

 

だけど、毎日の忙しさに没頭しているうちの、そのクリエイティブなものを感じる部分が明らかに消えていっていた。

 

「クリエイティブな仕事についている人は偉い」

「毎日、適当に働いているだけで決まった日に給料が出るサラリーマンはださい」

大学生の頃はそんなことを心のそこでは思っていた。

たぶん、サラリーマンになった今でもそんなことを少しは思っているのかもしれない。

 

映画好きの集まりが終わり、帰りの電車の中でふと本屋で見かけたある本を思い出していた。

それはカンヌで賞を取り、今話題になっている「万引き家族」の是枝監督のインタビュー本である。

 

本屋で見かけたときに、タイトルに惹きつけられたのだ。

「クリエイティブな仕事はどこにある?」

家に帰ってから本を読み直していた。

読み返してみると、いろいろと新たな発見があって、感じる部分があった。

 

あ、自分が最近悩んでいたものの答えってここにあったのかもしれない。

 

是枝監督はテレビマンユニオンという制作会社の出身である。

(たぶん、映像業界に勤めている方なら誰もが知っている会社だ)

 

そのテレビマンユニオンの社長に昔言われた言葉が今でも忘れないという。

 

「クリエイティブな仕事とクリエイティブでない仕事があるのではない。

その仕事をクリエイティブにこなす人とクリエイティブにこなせない人がいるだけだ」

 

若きアシスタントディレクター時代にそう社長に言われた是枝監督は、

今でもこの言葉が忘れられないという。

 

私はこの一説を読み直した時、はっとしてしまった。

 

自分はもともつクリエイティブな仕事に就きたいと思っていた。

だけど、今は冴えないサラリーマンをやっている。

 

たぶん、今でもクリエイティブなことをしたいという欲求はある。

一度、失敗してしまった分、そのことを口に出すのが怖くて仕方ない。

 

だけど、どんな仕事でも「クリエイティブにこなせるか、こなせないか」

の問題だけなのかもしれない。

 

エクセル入力の単純な作業でもクリエイティブにテキパキこなせる人はこなせるし、ダラダラと適当に済ませる人は適当に終わらせ、「仕事がつまらない」

と嘆いている。

 

もともと私はクリエイティブな仕事についている人が一番偉いと思っていた。

だけど、どんなに単純な労働でもテキパキとクリエイティブにこなしている人がいるのだ。

単純なゴミ掃除でも、「自分が担当しているトイレはこの駅で一番綺麗にしてみせる」と毎朝笑顔で清掃しているおばちゃんたちがいるのだ。

 

眼の前の仕事をクリエイティブにこなす……

 

そういった視点で自分の仕事を見直してみると、いろいろな発見があるのかもしれない。そんなことを思ったのだ。

 

 

「クリエイティブな仕事はどこにある?」

是枝裕和著 樋口景一著 

 

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