枠を取っ払ってしまえば、きっと、そこには。
「よく一年間社会人やってこれたね」
仕事の帰り道にふと、上司にこんなことを言われた。
正直、驚いてしまった。
あまり、自分は職場でプライベートなことは話していない。
どこか仕事と私生活に一線を置いている節がある。
自分が今勤めている会社はとてもフレンドリーな雰囲気が職場にあふれていて、
休日も社員同士集まって、どこか遊びに行っていたりする。
自分は昔から人付き合いが苦手という部分もあって、休日は会社と一旦距離を置いていたりする。
仕事以外の話は正直、会社の人と話してこなかった。
「いや、君を見ていると、本当に社会にうまく馴染めてない感じがしててね、
正直、そんなに仕事続かないと思っていたよ」
とある仕事帰りの日、上司と帰り道が一緒になった時にふとこんな話をされた。
「え? そうなんですか!」
自分って周囲からみるとあまり会社とか社会に溶け込んでないやつなんですか?
周囲から自分がどう思われているのかなんてわからないため、正直ただ困惑してしまった。
確かに、満員電車が大嫌いで、どこか組織に入るのが嫌で嫌で仕方ない自分がいるのは確かだが、会社に来るときはきちんとメリハリを付けて仕事に取り組んでいるつもりだった。
「いや、君って、一つの場所にじっとしてられない性格でしょ。いつも長期休みのたび、一人でふらっと海外に行っているじゃん」
確かに私は休みのたびに海外に行っていた。
今年のゴールデンウィークも無理やり有給を使って、周囲に
「僕は休み中は仕事はしません!」と宣言し、香港にバックパックひとつで飛んでいってしまった。
大学生の時も一人でインドに行ったり、東南アジアを放浪していたりしたせいか、会社の中で「休みのたびにバックパックを背負って、いつも一人でどこかに飛んでいってしまう奴」というレッテルが貼られているらしい。
ま、事実だから仕方ない。
「いや、本当に君は落ち着きがなくて、いつも一人でふらっと単独行動してしまう性格だから、きっと会社勤め続かないと思っていたよ。正直、社会人やるの結構辛いでしょ?」
なかなか、ズサっと心に突き刺さることを言われてしまった。
自分の中では今勤めている会社の雰囲気がわりと性に合っていて、仕事内容も割と面白いなと思っている。
だけど、もっと自由にいろんな価値観の人と出会って、いろんな仕事に触れてみたいと思っている自分がいるのも正直なところだ。
まさか、会社の上司から「社会人やるの結構辛いでしょ?」
と言われるとは思わなかった。
自分は昔からどうも周囲にうまく馴染めなかった。
学生の時も、全員が同じ向きに座って、同じ講義を受けているのがどうしても許せなかった。
なぜ、皆が同じ方向に向かって座っているのか?
そのことが疑問で仕方なく、クラスに居る時も常に落ち着きがなかった気がする。
ずっと、どこかモヤモヤとしたものを抱えて過ごしてきた。
そのモヤモヤがピークに達したのが、就活のときだったと思う。
皆が同じ色のスーツを着て、同じような自己紹介を始める。
同じような顔立ちで、同じような内容の自己PRを語り、なんだかよくわからない理由で、企業に内定が出る人と出ない人が別れていく。
その違和感が堪えきれず、どうしても憤りを感じていた。
マジョリティに染まらなくてはならない自分。
なんだかよくわからない社会のレールから飛び出していく勇気も持てない自分が嫌で仕方なく、意味もなく海外を彷徨い、歩いたりしていた。
結局、自分は一体、何がしたいのだろうか。
そのことがわからないまま、大学生活も終わりに近づいていた。
たしかその時期だったと思う。
この映画を観て、妙に感動したのだ。
監督は盟友のショーン・ペンである。
最初に見たときは正直、途中で眠くなってしまった。
だけど、大学を卒業して社会人になり、いろいろあって、会社を辞めたり、
海外に失踪したりした経験もあって、改めて見直してみるといろいろ考えさせられることがあった。
何かの拍子で今週、久々にこの映画を見直してみた。
物語が後半に向かうに連れて、心にじわじわと突き刺さるものがあった。
あ、もしかしたら自分ってこの映画から少なからず影響を受けていたんじゃないか?
ふと、そんなことを考えてしまった。
何不自由なく裕福な家庭で生まれ育ち、優秀な成績で大学を卒業した主人公。
しかし、大学を卒業すると同時に、全ての私財を捨てて、放浪の旅に出る。
それは自分を見つめる旅かもしれないし、文明社会からの逃避だったのかもしれない。
二年近くの放浪の後、アラスカの荒野に消えていった彼は、幸せな人生を歩めたのだろうか? そんなことをふと考えてしまった。
大学生の頃に見たときは正直、そんなにいい映画だとは感じなかった。
しかし、改めて見直してみると、心に響く言葉だらけで、目がじわじわと来てしまう。
物に支配されるのは嫌だ。
全てを捨て、荒野に旅に出た彼はどんなことを思いながら、アラスカで最後の時を迎えたのだろうか。
「幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合う時だ」
アラスカの荒野で一人、孤独に死の瞬間を迎える時、彼が書き残した言葉だ。
どんなことを思いながら、死の時を迎えたのだろうか。
自分は旅行好きということもあるが、全ての捨ててまで、二年以上放浪する勇気もなければ、力もないだろう。
だけど、心の奥底ではきっと、飛び出してみたいと思っているのかもしれない。
社会人になって、いろんなことに責任を負う立場になってきた。
昔のように、気ままに飛び出すわけも行かないのかもしれない。
だけど、この映画の主人公のように、「外の世界を見てみたい」という
純粋な気持ちはいつまで経っても忘れてはいけないのだと思う。
社会の枠にうまく染められない人がいるのかもしれない。
毎日の満員電車に心が疲弊してしまった人がいるのかもしれない。
そんな人達に荒野に一人彷徨い歩いた青年の物語が心に染み渡るだろう。
映画「イントゥ・ザ・ワイルド」。
たぶん、自分にとって一生忘れられない映画になったと思う。
きっと、今後道に迷った時にも見直す映画だ。