社会の歯車に自分を合わせるということ
「あ……これで自分も社会の歯車の一部分になるのか」
就活を終えた大学4年生の時、周囲にこんなことをいう人が多くいた。
よく考えると日本の大学生って人生で一番自由が効く期間だと思う。
映画館や美術館に行っても学生料金で入場できるし、休みは異常に長いし、
勉強の方は、理系は大変だけども、文系なら期末試験前にちょろっと勉強すれば留年することはまずない。
大学生ほど自由な人種はいないんじゃないか?
と思うくらい自由である。
自分の知り合いは
「日本の大学生って人生の有給休暇だよね」と言っていたが、その通りだと思う。
自分もその4年間というぬるま湯に浸かり、のほほんと過ごしていた。
日本の大学は入学するのは大変だが、卒業するのは簡単だという。
その一方で海外の大学は入学が簡単で、卒業するのが大変らしい。
アメリカの大学生となると、卒業するために必死こいて勉強するという。
日本の大学生というぬるま湯にどっぷりと浸かっていた私は自由気ままな大学生活を楽しんでいたと思う。
授業がない日は一日中アルバイトをしていたり、映画ばかり見て過ごしたり、
社会人になった今考えると自由な時間がありすぎて、信じられないくらい暮らしをしていたと思う。
このぬるま湯にどっぷりと浸かっているせいか、いざ社会に出る四年生の時期になると「一生大学生をやっていたい」と思う人も出てくるのかもしれない。
自分も実はそうだった。
自由が効く時間が愛おしすぎて、社会に出ることが嫌で仕方がなかった。
「学歴があればいい就職先にたどり着ける」という誰が決めたのかわからない社会のレールに乗っかり、ずっとレールの上を歩いていただけなので、いざ自分の進路を決める段階になると何をすればいいのかわからなくなってしまった。
今思うと、どのレールに乗っかるのも、どんな選択をするもの全て自分の責任である。
だけど、当時の自分はとにかく社会のせいにして逃げ回っていた。
今まで自由気ままに過ごしていたけど、大学4年生という時期になるといきなり進路を決めろという。
一体、どうすればいいのか?
そんなことを思い、「こんな社会を作った大人たちが悪い」と思い、社会人になることから逃げていた。
フリーランスやノマドワーカーという今はやりの自由な時間を使える仕事に就く勇気もなく、周囲に流されるように就活をして、自分もしっかりと社会の枠組みにはまるように努めていった。
大学を卒業して、就職先に選んだテレビ製作会社は、本当に申し訳ないけど、ただなんとなくで決めた。
昔から映画が大好きで、ちょっとでも映像に関われることに携わればいいと思い、選んだ場所だ。
「社会人になるのは嫌だけど、自分が好きなことだったら続けられるだろう」
そう思って決めたことだった。
本当に考え方が甘かった。
5日寝ずに働いて、ぶっ倒れてしまった。
辞表を提出した記憶がないほど、当時はノイローゼ状態になってしまい、気が付いたら会社を辞めてしまっていた。
一日中家で寝込み、社会との接点を一切無くした時期が続いていた。
当時は本当に死にたいと思っていた。
新卒で入った会社を数ヶ月で辞めてしまったという後ろめたさで、人と会うことですら怖くなってしまった。
なぜ、自分は社会とうまく折り合いがつけられないのか?
そう自問自答して、ずっと世の中を彷徨い歩いていた。
自分にふさわしい場所はどこなんだろうか?
当時そう感じていたこともあり、今ついている職場では、当時の恨みを晴らすべく死ぬほど働いていたりする。
「お前、いくらなんでも働きすぎじゃねぇか?」
と上司の人に何度も言われる。
「自分の居場所はどこなのか?」
1年前にそう悩み、ずっと世の中を彷徨い歩いていた自分を思い出したくなくて、今は仕事に没頭しているのかもしれない。
一年以上かけて、ちょっとずつ社会と折り合いがつけられるようになってきたが、今でもよく当時のことを思い出してしまう。
本当に今の世の中は価値観が多様すぎて、選択肢が多すぎて、自分というものをうまく周囲に合わせるのが難しくなってきている気がする。
SNSを開けば、同級生たちの幸福な姿が映し出され、他人と自分とを簡単に比較できてしまうので、強烈な嫉妬心を抱いたりしてしまう。
なんか便利にはなったんだけど、生きづらい世の中にもなった気もする。
そんな中で、ふとこの本と出会った。
暮しの手帖で編集長をやっていた松浦弥太郎さん著の「即答力」である。
本屋でふと見かけて、最初の一行がとても気に入ってしまい、即決で買ってしまった本だった。
「成功の反対は失敗ではなく、何もしないことだ」
著者の松浦弥太郎さんは若い時にアメリカを旅していたが、その時に強烈にこの言葉の意味を考えたという。
アメリカという社会は日本以上にコミニティーに入るのに、自己主張が必要となる。自分と社会と折り合いをつけるために、嫌でも自分の意思を周りに伝えていくことが必要になったという。
とにかく自分の殻を破って、コミニティーに入ったら世界が一気に広がった。
と著書には書かれてあった。
社会のニーズに合わせることは困難かもしれない。
それでも、少しずつ社会の歯車と自分の歯車を合わせて行った著者の努力がこの本の中には書かれてあった。
一週間ぐらいかけてこの本を少しずつ大切に読んでいったのだが、電車で読んでいると心が揺れ動く言葉がたくさん出てきた。
今でも自分がきちんと社会の歯車になって、きちんと動けているのかはわからない。
だけど、この本を読んでからどこか心の奥底がすっきりとした気がする。
昔の自分のように居場所を探し求めている人が読むのもいい。
社会と自分の歯車がうまく合わせられずにもがき苦しむ人が読むのもいい。
きっと自分と社会との接点について多くのことを考えさせるはずだ。
紹介したい本
「即答力」 松浦弥太郎著