社会人になってずっと「空虚感」を抱えている人がいたら……
「なんでこんなに頑張っているんだろう」
ふと満員電車の中で思い立った。
終電近くの満員電車の中は、いつも人でごった返している。
大抵は疲れた顔をしたサラリーマンで埋めつくされている。
仕事のイライラが溜まっているのだろうか。
何か仕事上の話をボソボソと呟いているスーツ姿のおじさんたちもいる。
終電近くの電車に乗るとき、私はいつも本を読んで周囲の光景をシャットアウトするようにしている。
そうしないと負のオーラを出しきっている疲れた表情の人たちが気になってしまい、自分も影響され精神的に疲れてしまうのだ。
別に仕事に不満があるわけではない。
入社して半年以上たち、徐々に仕事の大変さもわかるようになって、ちょっとずつだが社会人としての第一歩を踏み出してきている気はする。
残業が多くても、以前にやっていたテレビ局のADの仕事よりかは苦ではない。
フリーターの時代が長かったせいか、仕事があるだけでありがたく思えてきて、仕事を楽しんでやれている。
だけど、時々思ってしまう。
「どうして自分はこんなに頑張っているのだろうか」
社会人をやって初めて気がついたことなのだが、
一つの会社の中でもこまめに働いている人もいれば、
適当に言われたことだけをやって定時に帰ってしまう人もいる。
そのことにだいぶ驚いた。
会社の中でもこんなにも働き方の違いがあるのか……
部署によってもだいぶ違ってくる。
忙しい部署に配属になると、死ぬほど忙しく残業の嵐になる。
その一方、暇な部署に配属されると、周囲の上司もみんな定時に帰っていくので、夕方過ぎになるとみんな消えていく。
サラリーマンとなると基本的に残業しようが定時に帰ろうが給料は一緒だ。
費用対効果を考えると言われたことだけをやって定時にさっと帰ってしまう方が楽だ。
だけど、どうしも自分は……
もっと働きたい。
もっと一人前になって、きちんと働けるようになりたい。
そう思って、毎日夜遅くまで残業して、自分のペースで仕事してしまう。
別に仕事や残業に不満があるわけではないが、どうしても心の奥でモヤモヤとした黒いものがあった。
なんだろう。
この違和感は。
仕事に夢中になってがむしゃらに営業先を走り回っても、どうしても違和感を抱いてしまうのだった。
高校生の頃はみんな開かれた将来に向けて、胸をときめかせていた気がする。
「ミュージシャンになりたい」
「アーティストになりたい」
そんな夢を周囲に語り、大学に進むなり、専門学校に進むなりして自分の進路に向かって飛び出していった。
だけど、大人になり、徐々に社会の現実というものに気がつき始めると、
夢を語る人も周囲から消えていった。
「あいつ写真家になるって言っていたのに今何やってんだろう?」
「役者になるって言って学校を辞めたあいつ、まだアルバイト生活らしいよ」
そんな声をちらほらと聞く。
そういえば大風呂敷を広げてそんなこと言っていた人がいたな……
と傍観者の目線になっている自分に気がつき、自分に対して嫌気がさしてくる。
自分も一度は将来に対し夢を抱いていた時期があった。
映像に関わる仕事がしたいと思い、実際に撮影現場を訪れたりして自分の夢の仕事に近付こうとしていた。
だけど、やっぱり実際の現実は厳しい。
いつしか高校時代に思い描いていた職業から遠ざかり、今は会社員になって働く日々を送っている。
別に仕事に不満があるわけではない。
だけど、どうしても高校時代の自分が今の自分を見るとどう思うのか?
そんなことを思ってしまう。
どこかずっと「空虚感」というものを抱えながら生きている感じ。
その「空虚感」を忘れるためにも今は仕事に熱中している感じがするのだ。
そんな時にこの本と出会った。
今の自分じゃなきゃ出会えなかった本かもしれない。
「光と写真について書かれた最高の小説があります。読んでみてください」
数回しか直接お会いする機会がなかったが、その人の仕事への考え方や生き方に共感してしまい、何度かやりとりさせていただいている方が自分にはいる。
その方はいろいろ苦労されて今は起業して会社の社長をされている。
多分、行動すれば人生が開かれることを知っているのだろう。
今は海外で起業することを目標に人生の階段を猛スピードで駆け上がっているみたいだ。
「光と写真について書かれた小説?」
一体どんな本なのだろうかと思った。
ひとまず本屋に駆け込むその本を手に取ってみた。
鮮やかな装丁にタイトルが書かれていた。
「砂に泳ぐ」
本の装丁を見た瞬間、直感的にこの本は読まなきゃと思った。
どうしても読んでみたい。
そう思ったのだ。
すぐにこの小説を買い、毎日の通勤時間の隙間に読み始めていった。
読み始めると止まらなくなってしまった。
なぜか気がついたら涙が出てきてしまうのだ。
この小説の主人公が会社経営をしている知り合いの方にも見えてくるし、自分にも重なって見えてきてしまうのだ。
何でこんなに感情移入してしまうのだろうか。
その小説の中にはやりがいを見つけられず生きづらさを抱えていたある女性が、写真を撮ることと出会い、一人の女性として成長し、自立するまでの物語が描かれてあった。
少しずつ少しずつ、迷いながらも自分の道を切り開いていき、
最終的にはフォトグラファーになる主人公は力強くこんなことを言っていた。
「心が動いた時、その時の風景や空気、その向こうにあるかもしれない物語を切り取りたい」
仕事に対し、空虚感を抱えながらも力強く自分の道を見つけていった主人公の女性を見ているうちに涙が溢れてきてしまった。
遠回りしてきても、少しずつ自分の道を見つけていけばいい。
そんなことを感じるのだ。
忙しい毎日を送る中でも、目の前のことに無我夢中になっていたら、きっといつか道は開かれるのではないか。
そんなことをこの小説を読んでいくうちに感じた。
きっと、これからも「空虚感」に思い悩む時、この小説のページを自分は開いているのだと思う。
読む時期によって感じ方も違ってくるのだろう。
今だに自分が本当に何がしたいのか、さっぱりわからない。
だけど目の前のことに真剣に取り組んでいれば、きっと数年後には何か見えてくる景色があるのだろうと思う。