「自分の母親だけは死なないものだ」……そう感じている人にとってこの本は。
「この漫画読んでみてください。そして、是非感想を聞かせてください」
いつもお世話になっているプロのフォトグラファーの方からこんなメッセージが届いた。
その人は自分にとって写真の師匠のような存在で、月に数回写真のことを学ばせていただいている方だ。
感受性がとても強い人で、その方が撮る写真にはどんな人にも何かを感じるような不思議な魅力が込められている。
「写真の構図なんてどうでもいい。その時、その場で自分が何を感じたのか?
それを写真に残したいし、伝えたい」
ありふれた日常に潜むスペシャルな瞬間を撮るそのフォトグラファーの人は、そんなことを口癖のように言っていた。
そんな方からある日、私宛にこんなメッセージが届いたのだ。
「この漫画は是非読んでみてください。漫画でこんなにも泣くのかって言うくらい泣けました。是非、感想を聞かせてください」
私はそのメッセージを開いた時、夜11時過ぎまで仕事をしていて正直クタクタだった。
スマホの画面を見ながら、何かウトウトしたながそのメッセージを読んでいたと思う。
ひとまず添付されたURLに無料立ち読みできる電子書籍版があったので、無料分を読んでみることにしてみた。
電子書籍の無料版といったら、せいぜい全体の一話分くらいである。
その電子書籍にはいろんなコメントが飛び交っていた。
「泣けました!」
「こんなに泣ける漫画は初めてです」
そんな漫画ごときで泣けるわけがない。
私はそう思っていた。
しかも、毎日続く残業の嵐でその時、自分の心は結構ゆがんでいたのだと思う。
「こんなに忙しい毎日に漫画なんて読んでいる暇ないよ……」
正直、そう思っていた。
疲れた表情で座っているサラリーマンに挟まれながら、ひとまず電車の中でも暇つぶしにスマホを開き、その漫画の無料ページを読んでいくことにした。
なんだろう? この独特なタイトルは……
なんだ、このタッチは……
私は普段、ほとんど漫画を読まないし、絵にはとても疎い。
絵に疎い自分でも正直、この漫画家の絵はうまいとは思えなかった。
だけど、なぜか心に染みてくるのだ。
なんでこんなに心に響くのだろうか。
疲れた表情でクラクラしながらも私は無料ページを読み進めていった。
それはある30過ぎの男が亡くなった母親についての思い出を綴ったエッセイのような漫画だった。
とても心に響くのだ。
とても涙が出てきてしまうのだ。
これは大切に読まなきゃいけない。
平日のクソ忙しい時に、心がゆがんでいる時に、読んでいいものじゃない。
直感的にそう思い、時間が取れる休日を使って読み進めることにした。
私にとって電子書籍は初めての体験だった。
電子書籍だとどこかデジタルな分、作り手の感情が伝わらず、機械的に感じてしまうのだ。
だけど、この漫画だけはす〜と読める。
しかも涙が溢れてくる。
この漫画には、最愛なる母を亡くした時に芽生えた感情と母との思い出を綴るとともに、後悔の念が込められている。
全体としては一巻しかない短い短編集だ。
絵も正直言ってうまくはないと思う。
だけど、5話目くらいから涙が止まらなくなった。
母に親孝行ができなかったその中年の漫画家が、どこか自分に重なって見えてしまうのだ。
人はいつか消えて無くなる。
普段生きている中で、つい忘れてしまうこの事実を思い出させてくれるのだ。
この漫画を読んでいるうちに私は自分自身の両親のことを思い出していた。
いつも夜遅くに帰っても晩御飯を残してくれる母親。
自分は両親にきちんと親孝行ができているのか?
よほどのことがない限り、自分より先に両親が亡くなることになる。
その時に私はきちんと親孝行をしてきたと胸を張って言えるのか?
そんなことを猛烈に感じてしまった。
この漫画では18話にわたり、漫画家の母への思いと後悔が綴られている。
その思いは両親がいる多くの人に共感ができるはずだ。
自分はきちんと親孝行ができているのか?
ありふれた日常を大切に生きているのか。
失って初めて気がつくのでは遅い。
そんなことを考えさせられるのだ。
私は気がついたら大粒の涙を流していた。
こんなに感情が揺れるなんて。
なぜだかとても、泣けるのだ。
ありふれた日常を大切に生きよう。
そんなことを感じさせてくれるのだ。
人はいつか消えて無くなる。
この漫画は、誰もが共通して持っている「死」というものを思い出させてくれる。
大切な人が亡くなった時、あなたは後悔することになるのか?
胸を張って、きちんと見送ることができるのか?
そんなメッセージが込められていた。
私はこの漫画を読み終わり、すぐにそのフォトグラファーの方にメッセージを飛ばした。
「ありふれた日常がとても愛おしく思える。そんな素敵な漫画でした!」
今、大切にしたい方がいる人が読むのもいい。
あるいはまた、特別な人への後悔に苛まれている人が読むのもいい。
きっとその時々に別の感じ方もあるのだと思う。
「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った」
この漫画は自分にとって、何か忘れてはいけない感情を思い出させてくれる……
そんな大切な漫画になった。