ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

人を愛することで自分が傷つくのを恐れている人こそ、映画「メッセージ」は見た方がいいかもしれない

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「余命1年です」

医者の言葉を、ポールは呆然としながら聞いていた。

隣では妻が泣いている。

 

「この病気は現代医療では治療方法がありません……残念です」

「嘘だ……」

ポールは医者に向かって怒鳴り散らした。

 

嘘だ……

嘘に決まっている。

 

彼の妻と出会ったのは、つい1年ほど前だった。

職場で出会い、彼が一目惚れしたのだ。

つい先日、結婚を決意したのに、まさか……

 

ポールは医者の言葉を聞くことができず、泣いているばかりだった。

 

妻はゆっくりと言葉を発した。

「あと一年しか生きられないんですね……」

重たい口で医者はこう言った。

 

 

「残念ながら……そうです」

 

この医者はヤブ医者に決まっている。

妻があと一年しか生きられないなんて信じられない。

この医者は今まで何人に「死」を宣告してきたのだろうか。

自分には関係がないという客観的な目で妻の「死」を語る医者がどうしても許せなかった。

 

 

重たい足取りでポールは病院の駐車場に停めてある車に乗った。

車に乗ると同時に、感情がこみ上げてくる。

 

なんで妻なんだ……

人間の運命の残酷さを痛感し、彼はただひたすら涙を流していた。

 

 

医者から「死」を宣告されてからも、妻はごく普通を装いながら過ごしていた。

きっと彼を悲しませたくなかったのだろう。

懸命に普通を装う妻の姿を見ているとポールは悲しみを堪えきれなくなった。

 

自分が結婚することなんてないと思っていた。

結婚しても、どうせ長続きしない。

人を好きになることがどうしても苦手だったのだ。

 

価値観が全く違うもの同士、お互いを知り尽くしても、最終的にはお互いを傷つけることになる。

人を愛することなんてしないほうがいい。

 

そう信じていた彼だったが、妻と会った瞬間、全てが変わってしまった。

妻がいるだけで、ここまで世界が鮮やかに見えるなんて。

彼の全てを変えてしまうほど、妻の存在は彼の中では大きかったのだ。

 

どんなに仕事でつらいことがあっても、妻の笑顔が全てを忘れさせてくれた。

そんな妻があと一年で死ぬという。

 

彼はどうしてもやりきれない気持ちでいっぱいだった。

自分は妻のために何かしてやれたのだろうか。

この世に何か残してやることはできないだろうか?

 

そんな時、妻はこう言った。

「私の命は一年しかもたない……だけど、子供を産みたいの」

 

彼との間にはまだ子供がいなかった。

仕事が落ち着いてきたら作ろうと話し合っていたのだ。

彼は言葉を失った。

「子供を産もうと言っても、あと一年しか……」

「お願い。私が生きた証をこの世に残したい」

 

妻の真剣な目つきを見て、彼はどうしても言葉が出なかった。

 

 

 

その日から、余命との競争が始まった。

命が尽きるのが先か、子供ができるのが先か?

 

周囲の人間は彼を非難していった。

「生まれてくる子供がかわいそうじゃないか! なんでそんな無責任なことをするんだ」

確かにその通りだ。

万が一、子供を授かったとしても、その子供の母親はすぐにこの世から去ってしまうのだ。

残酷な運命に翻弄されるも、妻はポールの前では、決して泣くことはなかった。

「生まれてくる子は大丈夫。たとえ私がいなくなっても、一生懸命生きてくれる」

 

2ヶ月後、妻の妊娠が発覚した。

医者によると、妻の命が尽きるまでに子供を産むことができるのか、ギリギリの時間だという。

妻の寿命を延ばすことを考えたら、子供は諦めたほうがいいと言われた。

「絶対に私は産みます」

妻は頑として医者の忠告を聞かなかった。

ポールは妻の命をつなぎたい思いを受けて、懸命に妻の看病をした。

 

余命が宣告されてから11ヶ月がたった。

妻の寿命はもう尽きてしまう。

命が尽きるのが先か、子供を授かるのが先か。

その競争の結末がもうじきわかる。

 

分娩室に入っていく妻を見た後、落ち着かない時間を過ごした。

中からは妻の悲鳴が聞こえてくる。

どうか神様。最後に妻の望みを聞いてやってください。

新しい命を授けてください。

 

「おぎゃー」

分娩室から聞こえてくる子供の泣き声を聞いた時、彼は思わず泣き崩れてしまった。

看護師に呼ばれて、分娩室の中に入っていくと、小さな小さな命を抱えた妻の姿がそこにあった。

 

「間に合ってよかった……」

生まれ来た新しい命を前にして、彼女はそうつぶやいた。

 

ポールは小さな命を手に取っていると、涙が溢れ出して止まらなくなった。

子供を優しい目で見つめる妻を見て、彼は思った。

 

これからこの子はきっと楽しい経験もつらい経験もしていくだろう。

だけど、母親の愛情を一身に受けて、この世界に生まれてきたのだから、きっと大丈夫だ。

 

妻は子供の笑顔を見送るとそっと目を閉じた。

 

 

 

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これは映画「メッセージ」の原作者が、物語を書く前に参考にしたという、とある売れない俳優とその妻の物語だ。

 

余命一年と宣告され、残酷な運命に翻弄されつつも懸命に生きた夫婦の姿に、原作者は感銘を受けたのだろう。

映画の中では、その出来事が染み渡るようにして反映されていたと思う。

 

 

SF映画「メッセージ」はとても難解で、「2時間は長い!」

「こんなのSF映画じゃない!」という人もいるという。

 

実際、私もこの映画を見たときには、頭を抱えてしまった。

時間が何重にもループし、内容がとても難解なのだ。

 

だけど、この映画の背景には

「結末がわかっていたとしても、人はどう生きるのか?」という意味が込められていると思う。

 

実際、原作のタイトルは「あなたの人生の物語」だ。

残酷な運命が目の前にあったとしても、人はどう生きていくのか?

そんなメッセージが込められているのだ。

 

自分が傷つくのを恐れ、人を愛することをやめてしまうのか。

自分が傷つくとわかっていても、人を愛する道を選ぶのか。

 

どちらが正解なのかはわからない。

だけど、映画「メッセージ」の中ではその答えがあると思う。

 

 

自分を傷つけ、抜き差しならない状態の人がいるのかもしれない。

そんな人にとっては、映画「メッセージ」は心を癒す薬のような映画かもしれない。

 

ブレードランナー2」の監督にも抜擢されて、ハリウッドで今一番注目されている、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の最新作……「メッセージ」。

 

自分の人生について今一度考えさせられる素敵な映画だと思う。