書いて生きていく術を学ぶはずだったが……
何者かになりたい……
私は大学時代ずっとそう思っていた。
クリエイティブな人間でありたい。
大学時代に世の中に頭角を現したい。
「何者かになるために上京してきた」とテレビでコメントしていた劇作家のように、
私はただ何者かになりたかったのだ。
人よりも上に立ちたい。
特別な何かになりたい。
その思いが私を突き動かして、アホみたいに映画を作っては、研究していたりしていた。
大学2年になる頃には、このままではダメだ。
実際に業界で活躍する人に会わなきゃ!
そう思って、つてをたどり、映像の世界で活躍する人やプロの脚本家の方に会って行った。
プロの世界で活躍する人はやはり、すごかった。
普通のサラリーマンをやっている人とは違い、その道で食っていくという決意が体から滲み出ていたのだ。
「自分もクリエイティブな世界で生きていきたい」
そんなことを私は言ったのだと思う。
映像の世界でフリーランスとして働くその先輩はこういった。
「映画監督だけはやめておけ。なりたくてなる職業じゃない」
私はえ? と思ってしまった。
子供の頃から憧れていた職業だ。
なりたくてなる職業じゃないってどういうことだろう。
「日本の映画業界は食っていけない。小説家よりも食っていけない。大手の映画会社だろうが趣味で作っているようなものだ。映画を好きでいたいなら、週休二日制を守れる会社員やったほうがいい」
そんなことを言われた。
その人たちは私が憧れていた〇〇という肩書きを持った人たちだった。
ライター、映像ディレクター、脚本家、放送作家……
私はそう言った〇〇という肩書きを持ったクリエイティブな人たちに憧れていたのだ。
しかし、実際に〇〇な肩書きを持った人たちと会っても、なんだか腑に落ちない反応が返ってきた。
好きで食べていくことはそれはそれで大変なのかもしれない。
私はそう感じていた。
気がつけば、いつしか就活の時期が近づいてきた。
私は大学4年生まで、自分が何をしたいのかさっぱりわからなかった。
だけど、心のそこで〇〇という肩書きを持った人間になりたいという気持ちが強かったのだろう。
映画会社や広告代理店などのちょっと華やかでクリエイティブな世界を目指して、倍率5000倍の企業を受けては落ちまくっていた。
自分でも気がついていた。
この何者かになりたいという気持ち……
無駄なプライドからくる承認欲求を消さなければ、ダメだ。
そうわかっていた。
大手企業に受かる人は無駄なプライドなどなく、入った会社ですんなりと言うこと聞いて働きますよ! という感じの人が多かった気がする。
所詮、どこの企業も、何か目的意識が高い以上に、入った会社でつべこべ文句も言わず働いてくれる人が第一に欲しいのかもしれない。
確かに私が企業の上司の立場だったら、ブツブツ文句を言う部下より、文句も言わず働いてくれる部下を欲しがるだろう。
就活をしていて、同じ集団面接で一緒になった人たちでも、どこか体全体から余裕を醸し出している人たちはすんなり面接に合格していった。
別になりたいことなんて特にないし。
なんとなくで受けてきただけだけど。
という人に限って大手企業やマスコミに受かっていくから、世の中は不思議だ。
私はというと、ずっと何者かになりたい。どこかに受からなきゃ死ぬ!
という焦った気持ちで、面接を受けては、落ちまくっていた。
結局、私の就活は惨敗に終わった。
30社以上落ちたのだと思う。
結局、広告代理店やテレビ局員などのちょっとクリエイティブな職業に就くことはできなかった。
やっぱり私はクリエイターの才能なんてないんだ……
そう思い悩んでいた時、この本と出会った。
ブックライターの上阪徹さんが書いた「書いて生きていくプロ文章論」だ。
大学時代の頃から私は友人に頼まれてインタビュー記事を書くアルバイトを何回かしたことがあった。
著名人や社長にインタビューしに行き、5000字程度の記事にまとめる。
最初は文章を書いたことない私がインタビュー記事なんて書けるのか?
と思っていたが、案外やってみると面白いものだ。
人に会って話を聞いて、その人の思いをまとめていく。
その作業をしていると、
こんな考え方もあったのか!
こんな生き方もあるんだ! と刺激的な出来事がたくさんあった。
ブックライターとして食っていく自信なんて一ミリたりとも持っていなかったが、インタビュー記事を書くということに興味を持っていた私は、ブックライターの上阪さんの本をいつしか手に持っていたのだ。
読んでいって驚いた。
プロのライターはこんなことを考えて仕事しているのか。
それは書くということを職業にしているプロのライターが、徹底的にライターの仕事の現場を描いた本だったのだ。
「好きでやってるんだから」と世の中の大半は言うかもしれないが、好きだからこそ辛い世界もあるのだ。
上阪さんの人柄や、厳しいライターの世界がその本の中には描かれていた。
私は読んでいく中である一節が気になった。
「私は一度も何かになりたいと思ったことはない」
上阪さんは日本を代表するブックライターの一人だが、自分からなりたくて今の仕事にたどりついたわけではないのだという。
人との縁を大切にして、人に流されていったら、いつしかブックライターという職業にたどりついたらしいのだ。
その本の中で何度もこう書かれていた。
「何になりたいという気持ちも大切だが、それ以上に人との縁を大切にしてください。チャンスは全部、人が持ってきます!」
私はずっと〇〇になりたいと思って、ちょっと人とは違ったクリエイティブな仕事に就こうともがいて苦しんでいたのだと思う。
無駄な承認欲求が邪魔をして、人とのつながりを考えたことがなかった。
しかし、この本を読んでから何だか心がホッとした気分になった。
20代で頭角を出そうなんて思って、焦らなくていいのかもしれない。
先のことをあまり焦って考えずに、人との縁を大切にして、今自分ができる努力をしていたら、いつしかそこにたどり着けるのではと思えてきたのだ。
何者かになりたいという気持ちはエネルギーになるから大切なのかもしれない。
がむしゃらに努力することはもちろん大切だ。
しかし、それ以上に一つ一つの人とのつながりを大切にした人にチャンスが巡ってくるのだと思う。
とある映像ディレクターが言っていたように、なりたくてなれる職業じゃないのかもしれない。
しかし、人との出会いを大切にして一歩一歩遠回りしながら、そこにたどり着けばいいのではないか?
そんなことを思うのだ。