世界一の興行成績をたたき出した恋愛映画は、実は名もなきウェイトレスが作ったのかもしれない
「また来た……」
何度もなんども彼女が働くレストランに現れるとある彼に、いい加減うんざりしていた。
彼は白髮で、まるで妖精みたいな容姿だ。
子供っぽい容姿を残しながら、とても積極的に口説いてくる。
「君に惚れてしまったんだ! この感情を抑えきれない」
彼女がレストランでいつものように働いている時、レジの前で唐突にこう言われた時は、困ってしまった。
「はい?」
もちろん彼女は断った。
ほとんど初対面でいきなり口説いてくる男は、まともな男ではないと直感的にこれまでの経験でわかっていたのだ。
しかし、女性にとってどんな男であろうと告白されるのは嬉しいものだ。
彼女は、積極的な態度をどこか心のそこで持て余すかのように、彼のことが気になりだしてしまった。
「また来たよ……懲りないな」
トラック運転手をしていた彼は、忙しい合間を縫って週に4回もレストランに顔を出したのだ。
レストランへ来るたびに、彼女のことを見つめ、花束を渡してくる。
「あんなしつこい男なかなかいないわよね」
同僚たちにもそう言われた。
「なかなかいい男じゃない。一度でいいからデートしてあげたら」
あまりにもしつこいので、彼女は一度レストランの外で彼と会うことにした。
一体一で彼を見つめていると、彼の芸術に対する思いの深さに驚いてしまった。
彼は大のSF好きだった。
ハイラインの「宇宙の戦士」が大好きで、科学技術と人間の発展を描いた小説が大好きだという。
それに大の映画マニアだ。
先日見たダスティンホフマンの「卒業」を二人で語り、いつしか彼女は、彼の頭の回転の良さ、芸術に対する感受性に惹かれていった。
「このままトラック運転手を続けるのは嫌なんだ。芸術に関わる仕事がしたい」
聞くところによると彼は夜間の美術学校に通い、絵のデッサンの勉強もしているらしい。
汚らしいブルーカラーの青年だと思っていたが、芸術や文学に対する愛情が彼の言葉には溢れかえっていた。
いつしか二人は結ばれることになる。
二人とも当時はお金がなかった。
一方はブルーカラー出身のトラック運転手、そして彼女はウェイトレスだ。
貧富の差が激しいアメリカでは、彼女たちのような夫婦は珍しくない。
一度、ブルーカラー層に落ちると、一生這い上がることもできない社会の構図になっている。
彼は少ない給料を貯めて、自分の夢のために彼女をデッサンし続けていた。
何度か彼女はヌードモデルにしたこともある。
どうしても裸体をデッサンしたい。
そう言われ、モデルを探すお金もないので、仕方なしに、彼女はモデルになることにしたのだ。
「そこに横になって」
ソファの上で寝転び、彼女の曲線を真剣にデッサンしていく彼の目つきは真剣そのものだった。
彼の瞳からは子供のような好奇心が目に溢れていた。
真剣な目つきで体の曲線を描いている彼の姿を見て、彼女はいつしか彼の夢を一緒に追いかけたいと思うようになっていた。
約二時間ほどで彼女のデッサンは終わった。
左引きの彼は、手を真っ黒にさせ、ニコッと微笑みながら完成したヌードデッサンを持って現れた。
少年のように微笑む彼の姿を見ていると、生活に困り果てていることなどすっかり忘れ去ってしまう。
「どうしても映画に携わることがしたいんだ」
彼は仕事の合間を縫って、図書館に通い、映画用の特撮フィルムについて研究し始めた。
「このままトラック運転手で終わるのは嫌なんだ。どうしても映画に携わる仕事がしたい」
彼は口癖のようにそう呟いていた。
資金をかき集め、自主映画を作るようになり、映画会社に自分を売り込むようになった。
そして、彼の情熱が功を奏したのか最下層の美術スタッフとして彼を雇い入れてくれる場所が現れた。
毎日のように続く、徹夜作業にクタクタになりながらも、どこか心のそこで楽しそうに仕事をしている姿を彼女は見つめていた。
怒号が飛び交う低予算映画の美術の現場は、過酷そのものだ。
予算がないため、今あるものから美術セットを組み立てなければならない。
夜まで美術の仕事している傍ら、彼は家に帰っても睡眠不足に耐えながら、脚本を書き綴っていた。
「一度自分でも映画を撮ってみたいんだ」
彼はその頃、口癖のようにそう呟き、家に帰っても脚本を書く日々が続いていた。
いつしか彼と心の距離も離れていってしまった。
連日、忙しい毎日をよそに家に帰ってくる日も減ったのだ。
彼女は女の直感で、彼には別の女がいることを感づいていた。
感づいていたが、彼には打ち明けないでいた。
真剣に夢を追いかける彼の姿を見ていると、どうしても言えなかったのだ。
そして、彼は別の女のところに消えていった。
友人たちは、「なんてひどい酷い人なの」と罵ったが、彼女の裸を真剣にデッサンする彼の姿を思い浮かべていたら、彼女はどうしても悪く思うことができなかった。
自分の夢を追いかけて下さい。
そう心のそこで思ったのだ。
離婚の慰謝料もほとんど取らなかった。
アメリカでは離婚する際、年収の半分を慰謝料として請求できるが、ただでさえ金に困っていた彼の姿を見ていると、そんな慰謝料を請求することなどできなかったのだ。
時が経ち、彼女は名前が売れていく彼の姿をいつも追いかけていた。
30歳手前でほぼ自主予算で作ったSF映画が世界的に大ヒットし、いつしか彼は時の人となっていたのだ。
彼が新作映画を作るたびに、彼女は映画館に駆け込んでいた。
そして二人が分かれて15年後、彼女の元に一通の手紙が届く。
その文面を見た瞬間、彼女は涙が溢れ帰ってきた。
やはり、あの人のこと今でも好きだ。
自分の夢を追いかけ、いつしか夢を実現していった彼の姿が15年経った今でも忘れられなかったのだ。
彼女は手紙を持って、彼が作った長編映画をみることにした。
多くの批評家があまりにも制作費がかかりすぎているため、酷評されていた。
しかし、映画が封切りされると批評家の批判の声も消えていっていた。
あまりにも映画が完璧すぎるからだ。
彼の全ての財産を注ぎ込んで作られたその映画を見ているうちに彼との思い出が脳裏に浮かんできた。
とあるシーンで思わず、声を上げるほど泣いてしまったのだ。
裸になってデッサンされているのは、昔の私じゃない……
絵描きを目指す貧しい青年は、彼の分身そのものだったのだ。
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映画「タイタニック」を撮ったジェームズ・キャメロンは一番初めの奧さんに向けて、この300億円をかけた映画を作ったのかもしれない。
自分の夢を追いかけることを理由に彼女を切り捨てた過去を今でも悔いているような気がするのだ。
彼が作り上げた「ターミネーター」のヒロインのサラ・コナーもウェイトレスで、どこかに最初の奧さんの面影を感じる。