世の中の矛盾ばかり気になって、生きづらさを抱えている人がいたら……
「人間関係のストライクゾーンが狭すぎるよ」
大学時代に友人からそう言われたことがある。
確かに……その通りだ。
私は一言も反論できなかった。
きっと、友人は私のことを思ってそういってくれていたのだろう。
私はとにかく人付き合いが苦手だった。
飲み会の席や人が多い場所に行くと、しゃべっているトークの内容についていけなくなり、精神的にぐったりきてしまうのだ。
昔から、人とのコミュニケーションが苦手で、いつも隅っこにいるような子供だったと思う。
小学生だった頃の私は、もっと人とうまく人と話さなきゃと思って、無我夢中になり空回りしていた。
今ならわかる。
私が人とのコミュニケーションに後ろめたさを感じていた理由が……
大学時代に友人から言われた通り、ストライクゾーンが狭すぎるのだ。
人は誰だって、人間関係のストライクゾーンを持っていると思う。
初対面の人と出会い、話をしていくうちに、この人の価値観は自分と合っているな……
この人の考え方は自分と違うな……
など、自分の価値観と相手の価値観を見極めて、相手に合わせてコミュニケーションをとっていくのだ。
この価値観のすり合わせがどうしても全く合わない人がいると、
ちょっとこの人とは仲良くするの厳しいな……
と思い、離れていくものだと思う。
どうしても一人一人、生まれ育った環境も違えば、考え方も違う。
相手の価値観に合わせて、コミュニケーションを取っていかなきゃいけないのもわかる。
しかし、私はこの人間関係のストライクゾーンが極端に狭かったのだと思う。
何を話しても、その人が考えている裏の部分まで気になってしまい、身動きが取れなくなってしまうのだ。
「この人、表ではこう言っているけど、きっと裏ではこう思っているはずだ」
「いいこと言っているけど、見返りを求めて言っているだけだ」
相手が考えている裏側まで気になってしまい、自分が傷つくのを恐れて、いつも他者と一歩距離を取っていた。
どうしても飲み会の席などは、人との会話に行き詰まってしまい、精神的にぐったりしてしまうのだ。
物事を考えすぎてしまう性格からか、人の心の裏側や世の中の矛盾点ばかり気になって身動きが取れなかったのだと思う。
どうしたらこの生きづらさはなくなるのだろうか?
そんなことをずっと思っていた。
世の中に純粋な善意というものはあるのだろうか……
電車の中で、お年寄りの方に席を譲るのも、自分はいいことをやったという自己満足のためな気がして、躊躇してしまう自分がいた。
優先席を見ても、なんだかモヤモヤした気分になってしまうのだ。
みんな、純粋な心を持っていたら、優先席なんて必要ないのに……
世の中は欺瞞だらけな気がしていたのだ。
私は一度、このモヤモヤが限界にきて、日本を離れてみたことがあった。
「海外をバックパッカーで旅してみた」などと言ったら、聞こえがいいが、
ただ単に日本から逃げてきただけだ。
海外には自分の生きがいを見つめる、私と同じような境遇の人がいっぱいいた。
バンコクの安宿などに行くと、30歳手前で脱サラし、世界一周している人……
自分のやりたいことを見つけるために海外を放浪している大学生……
みんなこれまでの刺激に満ちた旅を意気揚々と語っていた。
夜中までギターを弾いて、酒を飲んで騒ぎあっていた。
「この街でこんな人と出会ったんだ!」
これまでの旅を語る旅人は皆、とても楽しそうだった。
しかし、私はそんな旅人を前にしても、汚い心を持った自分がいた。
「この人たち、結局、日本の社会から逃げてきただけじゃん!」
どうしてもそう思ってしまう自分がいたのだ。
そんな自分も日本の社会から逃げてきた一人だった。
旅人を傍観的に見ている自分が一番カッコ悪かった。
結局、旅を終えて日本に帰ってきても、どこか生きづらさを抱えながら生きている気がしていた。
常に浮足立って、生きている実感が持てなかったのだ。
そんな時、この本と出会った。
「幽霊人命救助隊」
タイトルを見た瞬間、なんじゃこりゃと思った。
結構分厚い本だが、手にとってあらすじを見てみた。
「この物語の中に100人の人が出てきますが、絶対一人は自分と似た境遇の人がいます」
どうやら自殺した幽霊たちが、自殺志願者100名を救う物語らしいのだ。
なんだこの本。
私はタイトルがとても気になったのと、有名な文化人である養老孟司先生があとがきを書いているのもあり、本を手にとって読んでみることにした。
読み始めてみると驚いた。
自殺を考え、人生が行き詰まってしまった人たちが100名出てくるのだが、どの人も自分の心の奥底で持っているものと似た悩みを抱えていたのだ。
会社で家庭でも居場所がないサラリーマン。
常に生きている実感を持てないOL。
借金地獄の中、自殺を考えてしまった人。
みんな未来に希望が持てず、社会の中を彷徨い歩いている人達だったのだ。
どうしても私はそんな人達の物語を見ていると、他人事のように思えない自分がいたのだ。
結構分厚い本だが、あっという間にスラスラ読めてしまった。
私はとある一節の言葉がとても頭にこびりついた。
それは、他者からくる承認でしか生きている実感を持てないOLを救助するときに投げかけられた言葉だった。
「他人が薄っぺらく見えてしまうのは、表か裏か、二つの面しか見えていないからよ。他人の中の悪い面を見たら、それが全てになってしまう。自分が傷つくのを恐れて、攻撃してしまう。でも、人間は白でも黒でもない、灰色の多面体よ。すべての物事には中間があるの。不安定で嫌かもしれないけど見つめなさい。いい人でもあり、悪い人でもあるあなたの友達を。優しく意地悪なあなた自身を……」
私はこの一節を読んでとても心に響いてしまった。
私は子供の頃から人とのコミュニケーションに後ろめたさを感じていたのだと思う。
いつも相手の裏側の考えまで読み取ってしまい、身動きが取れなくなってしまっていた。
世の中の矛盾した点ばかり気になって、生きづらさを抱えていたのだ。
純粋な世界だけを見ていたい。
そう思って、自分の世界に引きこもって、傷つくのを恐れていたのだと思う。
だけど、世の中には完璧な白なんて存在しないのだ。
矛盾だらけの灰色の世界なのかもしれない。
しかし、それでもそんな社会をちゃんと見つめていかなきゃいけないのだ。
「あとは慣れるだけよ。中途半端な安心に、中途半端な善意に、中途半端な悪意に。人の社会とはそういうものよ」
最後に自殺しそうなOLを前にして、とある人はこう投げかけていた。
確かに世の中は矛盾したことだらけだと思う。
しかし、その矛盾した社会の中で、どう生きていくかは自分次第なのだと思う。
社会は残酷で生きづらいと思う人には、社会はそう見えているだけなのだ。
「中途半端な安心に、中途半端な善意に、中途半端な悪意に……」
いつも矛盾した社会に生きづらさを抱えていた私にとって、それは救いになる言葉だった。
中途半端でいい。
そう思えばきっと、この矛盾だらけの社会も愛せるようになるのだと思う。
紹介したい本
「幽霊人命救助隊」 文春文庫 高野和明著