福山雅治主演の映画「SCOOP!」を見て、社会人の仕事が何たるかを知った
「この生活いつまで続くの……」
私が大学生だった頃、一年先に社会人になった先輩が事あるごとに、そうつぶやいていた。
後輩である私たちの前では学生のノリを貫いているみたいなのだが、
どうやら仕事は結構辛いらしいのだ。
「早く転職したい……」
そんな事をつぶやいていた。
「そんな事言わないで仕事頑張ってくださいよ」
と私は他人事のように言っていたと思う。
私は学生の頃、そんな社会に出て仕事をするようになった先輩方をどこか他人事のように捉えていたと思う。
みんな仕事の愚痴を言うけども、仕事ってそんなに辛いものなのか?
好きな仕事に就けばいいじゃん。
そんな傍観者の目線を持っていたのだ。
私は社会に出ても仕事の愚痴は言わない……
仕事を好きになる……
そう思っていた。
どこか傍観者の目線を持っていた私も時が経ち、就活という得体のしれないものをすることになった。周囲に流されるかのように就活を始め、何十社と落っこちたが、私はとある制作会社に内定をいただいた。
私は学生時代に映画を撮りまくっていた。
ほぼ毎日何かしらの撮影をしていたのではないかというくらい映画を撮りまくり、映画を見まくっていたのだ。
約4ヶ月以上かけて40分間のゾンビ映画を作ってみたりもした。
アホみたいに映画を作り、アホみたいに映画を見て、私はあたかも一介の映画人になったかのような錯覚に陥っていた。
映像業界だったら自分が好きな分野である。
その世界ならわがままな自分でもなんとか続けられるだろう。
そう思っていた。
大学を卒業して、入社式がやってきた。
入社した途端、私は後悔することになった。
ボロボロの服を着て、目の下が真っ黒な先輩方がたくさんいたのだ。
この会社大丈夫か? と正直思った。
翌日は土曜日なのに、入社式の次の日には早速、休日出勤が決まった。
「え? 月に何回ほど休んでいるんですか?」
すると先輩方はこう答えていた。
「週に一回休める時もあるけど、大抵は月に0回だな」
私は驚愕していた。
言われたことと違う。
もっと調べてから入社する会社を決めろよという声もあると思うが、面接をする際、
「これだけきちんと休めるよ」という声を上司から聞いていたのだ。
しかし、実際に働いてみると月0の休みである。
ま、映像業界などそんなものかと思って私は必死に働くことにした。
働きはするものの、私はどんどんノイローゼになってきた。
毎日のように飛び書く罵声の中、深夜4時まで続く残業に頭がスパークしてきたのだ。
人間寝ないとやはり頭がおかしくなるものだ。
私はボ〜とした頭のまま、夜道をふらふら徘徊していた時もあったようだ。
私は社会に出ても、きっと自分は何か持っていると思っていた。
心のそこで何者かになれると信じて疑わなかったのだ。
どこかのクリエイティブな誰かが、「君は人と違った才能を持っている」と言ってくれるのを待っていたのだ。
「君はちょっと変わった考え方を持っている。映画撮ってみないか?」
そんなことを言われるのを待っていたのだ。
夢ばかり見ては、現実とのギャップに失望し、私はもがき苦しんでいた。
こんなはずじゃなかった。
そう思えて仕方がなかった。
いつものように4日も帰れず、フラフラの足で始発の電車に乗ろうとしていた頃、
私はホームに入ってくる電車に吸い込まれそうになった時があった。
自分でも驚いた。
あと一歩、立ち止まるのが遅かったら人身事故を起こしていたかもしれないのだ。
さすがにヤバイ。
このままでは死ぬ。
そう思った私は結局会社を辞めることにした。
辞めてからも私のノイローゼが続いた。
一度会社を辞めてしまうと、人間やめ癖がついてしまうものだ。
私はアルバイトすら怖くてできなくなってしまった。
私は自分の弱さを痛感し、仕事ができなくなってしまったのだ。
無職中はアルバイトを三回ほどやってみたが、どれも2週間ほどしか続かなかった。
仕事を覚えようにも制作会社時代の思い出がフラッシュバックしてきて、気分が悪くなってきてしまうのだ。
何個もアルバイトを辞めては応募を繰り返し、自分が好きだったレンタルビデオ屋のアルバイトにたどり着いた。
そこでのアルバイトは精神的に滅入っていた私でもなんとか続けることができるだろうと思ったのだ。
学生時代には年間350本もの映画を見てきた私である。
全く仕事ができずにノイローゼ状態になっていた私でも、レンタルビデオ屋の棚の配置は全て覚えていたのだ。
あれだけ貪るかのように映画を見ていたので、あ行からわ行までほとんどの棚を暗記していたのだ。
ここなら自分でも働けるかもしれない。
私は最後の望みを託すかのようにレンタルビデオ屋で働いていった。
社会に出て一度は挫折した私だが、レンタルビデオ屋で大好きな映画に囲まれながら仕事をしていると、徐々に精神が回復していった。
今まで出会ってこなかった素晴らしい映画とも出会えた。
毎日のように映画のパッケージに囲まれ、映画に携わっていると映画が心底好きな自分を再確認できたのだ。
やはり、映画に携わる仕事に就きたいんだな。
そう思った私は映画用のカメラやフィルムを製造販売している会社を転職で受けてみることにした。
あれだけ新卒の時は落とされまくったのに、精神が安定し、どこか心のゆとりがある状態で面接をしてみると、あっさり受かってしまうものだ。
私はけろっと転職することに成功したのだ。
その後、数ヶ月間レンタルビデオ屋で働き、4月から転職先の会社で働くようになった。
専門的な知識が必要で覚えることもいっぱいだ。
毎日、私の脳みそはパンク状態だ。
忙しい毎日を過ごしている時、帰宅途中にふと、以前働いていたレンタルビデオ屋に行ってみることにした。
人生どん底の時に、私が最後の望みを託すかのように辿り着いたレンタルビデオ屋さんである。相変わらず人はあまり入っていなかった。
もともと従業員として働いていたが、今回は客という立場で店内を徘徊していった。
するといつもはあまり見ることがない邦画コーナーでこの映画のパッケージと出会った。
私はそんなに興味があった映画というわけではなかったが、休日の暇つぶしにその映画を見てみることにした。
福山雅治の映画だ。
所詮アイドル映画っぽい代物だろうと思っていたのだ。
家のDVDデッキに入れて映画が始まった。
福山雅治……こんなことやっていいのか?
オープニングからかっ飛ばして下ネタの連続であった。
攻めに攻めまくっている福山雅治がそこにはいたのだ。
下ネタのオンパレードだったが、私は妙な懐かしさのようなものを感じながら映画を見ていった。
なんだろうこの感じ。
なぜか主人公の中年パパラッチを私はどこか他人事のように思えなかったのだ。
いつも酒飲んでは風俗ばかり通っている中年パパラッチでも、とある暗い過去を背負おっているものだ。
彼が背負っていた暗い過去が判明してくる後半には、私は前のめりになって映画を見ていた。
「プロのカメラマンになりたかったというよりかは、何者かになりたかっただけかもしれない……」
とある戦場カメラマンに憧れ、カメラマンになった主人公は毎日のゴミみたいな仕事に翻弄されながらも、こんな風でいいのかと迷っていたようだった。
こんな大人になってしまっていいのか? と自問していたのだ。
しかし、彼は結局カメラマンの仕事にした。
最後の最後まで、彼にはカメラしかなかったのだ。
カメラマンという仕事を貫き通した男の生き様がわかるラストシーンは必見である。
まさか、前半あれだけ下ネタ連発していた男にラストで泣かされるとは思わなかった。
こんなかっこいいラストシーンが待っていたのか。
最後の最後まで、一つの仕事を全うして命がけでスクープを追いかけた男の生き様がそこにはあった。
私はこれまで社会に出ても「何者かになれる」と心のそこで思っていたのだと思う。
自分はこのままでいいのか……
社会に出て転職をしてもずっとそんな思いを抱いていた。
しかし、何者かになりたいというよりも目の前の仕事、一つに絞って真剣に取り組むことが大切なのかもしれない。
最後の最後までカメラマンという仕事しかできなかった中年パパラッチから私はそんなことを学んだ。
何をやるにしても不器用で仕事が遅い私でも、
ある一つのことを貫き通した人間になりたい。
そんなことを思ったのだ。
それにしても映画「SCOOP!」のラストシーンは面白かった。
まさかあんな展開になるとは。
昔の松田優作の映画を彷彿させる映画だった。