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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

儚く散るソメイヨシノを見ていると、東野圭吾の「分身」を思い出す

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「桜の写真を見せてくれない?」

私が海外を旅していた頃、とあるレストランで仲良くなった外国人の二人組からそう頼まれた。

 

「桜の写真?」

私は突然の要求に驚いてしまった。

幸いにもなぜか私は、桜が満開の時に写真を撮っていたことを思い出し、二人組に桜の写真を見せてあげることにした。

 

「わぁ、きれい!」

ニュージーランドから来たその二人組は桜を見るのが初めてだったらしく、とても感動しているようだった。

 

桜は英語で「cherry blossom」という。

英語が苦手で「cherry」しか聞き取れず、さくらんぼが見たいのか? 

と思ってしまったが、なんとか「桜の写真が見たいんだ」ということに気づき、二人組を喜ばせることができた。

 

二人組はどうして桜が満開のタイミングで日本に行きたいと言っていた。

桜が見たくて仕方がないのだ。

 

「桜が満開のタイミングっていつなの?」

私は二人組にそう尋ねられた。

日本人である私も、桜の開花するタイミングを詳しく知らなかった。

 

「3月の終わりから4月の初めまでかな」

そんな曖昧な返答しかできなかった。

「わずか二週間ぐらいしか咲かないから、そのタイミングで日本に行かなきゃならないのよ。どうしても桜をこの目で見てみたいの」

その二人組の外国人は目を輝かせながら桜について語っていた。

 

「桜は日本が誇る美しい花だわ。私たちの国には桜ほどきれいな花はないのよ。あなたたち日本人が羨ましいわ」

 

どうやら外国人の間でも日本というのは人気の観光都市のようだ。

私は外国人が抱く美しい日本像を知り、日本人であることを少し誇りに思えた。

4月に美しくも儚く散る桜を見れる日本という国。

どうやら日本人が思っている以上に、外国人には日本という国は憧れの存在のようだった。

 

桜の美しさは万国共通なんだな。

そう思うと同時に、なんだか後ろめたい気持ちにもなってきた。

 

日本に植えられている桜の正体を私は知っていたのだ。

 

あの美しい桜は実を言うと……

 

 

 

その後ろめたい気持ちはベストセラー作家、東野圭吾さんの小説を読んだ時にも同じように感じた。私は昔から東野圭吾さんの大ファンである。「容疑者Xの献身」も読んだし、「流星からの絆」も読んだ。「白夜行」など寝るのを忘れるくらい夢中になって読みふけった。

誰もが納得する日本を代表するミステリー作家である。

私は子供の頃から東野圭吾さんの大ファンであったが、この小説だけはまだ読んでいなかった。

その時は無職のフリーターをしていて本を買うお金もあまりなかったため、よく古本屋で100円の本を大量に買い漁っていたのが、古本屋の奥の方にある棚で、私はその本を見つけたのだった。

 

タイトルは「分身」という。

 

昔、wowowでドラマになっていたらしいが、私はタイトルすら知らなかった。

どんな小説なんだろう?

ふと、気になってしまい表紙の裏にある物語のあらすじを読んでみることにした。

ある一行が私はとても気になってしまった。

 

「現代医学の危険な領域を描くミステリー長篇!」

 

現代医学の危険な領域?

 

何だか興味がそそられる一行だった。

東野圭吾さんは理系出身の方だ。もともとシステムエンジニアをやっていたらしく、理系の知識が存分に作品の中にも込められている。

 

探偵ガリレオ」も大学で物理学を学んだ東野圭吾さんだからこそ書ける内容だし、「白夜行」も主人公の男性がクレジット会社のデータを盗んでいく描写など、システムエンジニアをしていた東野圭吾さんだからこそ書ける内容だった。

 

日本を代表するベストセラー作家が売れっ子になる前にどんな作品を書いたのか私は気になってしまったのだ。

 

処女作には作家の全てが反映されてあるという。

東野さんが売れっ子作家になる前の1996年の段階で一体どんな小説を書いていたのだろうか?

 

そう思った私はなけなしの金をはたいて、小説「分身」を買って読んでみることにした。

読み始めて私は唸ってしまった。

なんだか頭に文章が入ってこないのだ。

今でいうと第ベストセラー作家である東野圭吾さんだが、処女作の頃はまだ小説慣れしていないらしく、長編となるとどうしても前後の文脈がずれてきて、頭の中で物語を整理整頓するのが難しく思えてしまった。

たぶん、私の読解力が少ないということもあるのだろう。

それでも私は読み進めていると、中盤からとあることが判明していき、一気に面白くなっていった。

前半100ページを超えたあたりからいつもの東野圭吾さんらしいミステリー作家性が全開でグイグイ話にのめり込んでしまった。

 

結果的に500ページ近くの分量にもかかわらず、2〜3日で読み終えてしまった。

その小説は現代医学の危険な領域も描く傑作ミステリーだった。

 

生命工学が発達したことであるものを生み出すことに成功した研究者たちとその周辺にいる女性たちの苦悩を描いた傑作小説だ。

 

生命工学の発展は私たちに多くのことをもたらしてくれた。

私たちが日頃食べている大豆や野菜も生命工学の研究で、栽培されたものも数多くある。

しかし、科学の発展は人々の生活を豊かにすると同時に、倫理的な弊害も生み出してしまうことがある。

代理母の出産は日本では認められているが、キリスト教圏の国の多くでは認められてはいない。生命倫理的に人の命を科学技術の力を使って弄ぶことを非難する人たちも多くいる。

 

そんな危険な生命工学の領域まで入り込んでしまったとある研究者の悲劇とその研究によって生み出されてしまった女性たちがたどった物語がその本の中にはあったのだ。

 

 

私はこの小説を読んでいるうちに、儚く散るソメイヨシノのことを思い出してしまった。

ソメイヨシノは主な桜の品種として有名だが、実は人工的に作られたものだ。

 

よく考えたら桜が同じ時期に、同じタイミングで満開になるのはおかしなことだ。

普通の花だったら開花の時期がずれてもおかしくないと思う。

しかし、全国に植えられた桜は時期はある程度違っていても、同じ地域では一斉に同じタイミングで開花することになる。

 

 

それは人間が生み出した生命工学の技術が存分に使われているからだと言われている、

 

全国に散らばっている桜は実はいうと……〇〇である。

 

 

私は儚く散る桜を見ていると、どうしても複雑な心境になってしまうのだ。

 

人間の手が入ったことで、観賞用のエンターテイメントとして桜を見ることができるようになった。

しかし、自然界にはもともと桜は一斉に開花することなどありえなかったのだ。

同じ遺伝子を持っているため、一斉に同じタイミングで開花することができるようになったのだ。

 

人の力によって自然を弄んでいいのか?

生命を弄んでいいのか?

そんなことを美しくも儚く散る桜を見ているとどうしても感じてしまう自分がいた。

小説「分身」はそんな生命工学の問題点を描いた傑作ミステリーだった。

 

生命工学は桜のように私たちの暮らしを色鮮やかいしてくれた。

しかし、それによって失われてしまった日本の風景があるのかもしれない。

小説「分身」を読んでいる時、私はいろいろ考えさせられてしまった。