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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

社会のレールに乗っかることを拒否している人がいたら……

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「自分は好きなことで生きて行く」

高校時代はそんなことを思っていたと思う。

教師との進路面談の時も私は生意気なことを言っていた。

 

「私は好きな芸術の道で生きて行きたいです。だから、美大受験を考えてます」

確か、私は教師にそう言っていたと思う。

 

教師はこう答えていた。

「好きなことで食べていくのは大変だぞ。世の中の大半の人が自分の好きなことと仕事を折り合いをつけて働いている。好きなことを仕事にできる人は少ないんだ」

 

私は教師の話を聞きながら頭ではこう考えていた。

なんで世の中の大半の人は、自分が好きなことを仕事にしないのだろうか?

好きなことを仕事にした方が楽しいはずなのに……

そんな生意気なことを思っていたのだ。

 

当時の私は(今でも同じだが)、社会のレールの沿って歩くのが嫌で仕方がなかった。

私は高校は進学校に通っていたが、生徒皆、学歴が高い大学を目指し一生懸命勉強している環境に違和感を感じていたのだと思う。

 

なぜ、みんな同じように早稲田大学慶應義塾大学を目指すのか?

もっと他に道はないのか?

 

学歴があればバラ色の人生が待っている。

勝ち組になりたければ、早慶や東大一橋に入らなければならない。

そんな強迫観念に駆られていたのだと思う。

 

私はというとそんな進学高の中で、落ちこぼれに所属する生徒の一人だった。

とにかく勉強ができなかったのだ。

「こいつらには勉強では勝てない。芸術の分野なら勝てるかもしれない」

そんなことを思った私は、絵が描けないくせに生意気にも美大受験を考えるようになったのだ。

 

結局、美大は私立大学の倍の学費がかかるため、親の反対もあって断念することにした。

私は一浪してなんとか一般の私立大学に受かり、多摩の山奥でキャンパスライフを送ることになったが、大学生になっても普通の生き方は嫌だというモヤモヤをずっと抱えて生きていた。

 

なんでみんな社会のレールにはまることができるのか?

 

基本的に拘束されるのが嫌いな私は、社会のレールに沿って生きて行くやり方がどうしても違和感を感じていて納得できなかったのだ。

 

社会というのは椅子取りゲームみたいな部分があると思う。

早慶などの有名大学のプレミアチケットを持っている人は、優先的にいい椅子に座ることができ、それ以下の大学のチケットはちょっと外れの椅子に座る権利を得ていく。

私がいた進学高では、ほとんどに人が親も東大やら早慶を出ている人なので、その息子も自然と高学歴の大学を目指すのもわかる。

 

しかし、椅子取りゲームに勝つために必死こいて勉強している同級生を見ていて、どうしても違和感を拭えなかったのだ。

 

私は結局、偏差値も中くらいの私立大学に入った。

それなので、自然と早慶や東大一橋よりもいい椅子に配分される確率も低くなる。

浪人時代に自分が必死こいて頑張って勉強した結果だからその大学に入ったことには後悔はなかった。

しかし、大学名だけでその人を判断されることにどうしても違和感があったのだと思う。

 

 

私は社会の椅子取りゲームに参加することが嫌で仕方がなく、好きだった映像の道に進もうと思い、プロの撮影や現場を度々訪れていた。

映像のプロフェッショナルは好きなことで食っていく人達だらけだ。

 

驚いたことにその人たちも大概同じようなことを言っていた。

「好きなことで生きていくのは大変だ」

どこか現実を見据えた辛そうな目をしていたのだ。

 

日本のクリエイティブな産業はとにかく過酷だ。

度重なる残業と低賃金、30時間労働は当たり前の過酷な労働環境でも

スポンサーたちは

「あなたたち好きでやっているんでしょ」

と無理難題な予算を組んでくる。

 

現場で働いている人たちは倒れそうになりながらも死に物狂いで作品を作っていく人たちばかりだった。

 

 

好きを仕事にするのはこんなにも大変なのか。

私はそう痛感した。

 

就活の時期が来て、あれほど社会のレールにはまるのが嫌だと思っていた私だったが、フリーランスとして生きて行く自信もなく、結局流されるかのように就活していった。

 

あなたはこの会社。

あなたの年収はこれくらい。

そう割り振れられていく社会の仕組みに違和感を感じつつ、自分一人で生きて行く自信もなかったため、私は社会のレールに乗っかることを選んだのだ。

 

いろいろあって転職などをして、新しい会社で働きだしたが、ふとあることを私は思った。

 

それは……

 

結局どの会社に入り、どんな人生を歩むかは全て自分自身の問題なんだなということだった。

 

私はこれまでずっと社会の仕組みがおかしい。

社会のレールに乗っかる生き方なんて嫌だ。

日本の就活はおかしい!

そんな風にいつも社会のせいにして逃げていたと思う。

 

しかし、どの会社に入ろうが、どの道に進もうが、全て自分が決めたことなのだ。

どの椅子に座るかを決めるのはいつも自分自身なのだと思う。

 

ある程度は学歴という名のチケットによって座れる椅子の範囲も限られてくるとは思う。

しかし、どの椅子に座るかを最終決定するのはいつも自分自身なのだ。

フリーで働くのもいい、会社に所属して働くのもいい。

全て自分で選んだ選択だったのだ。

 

私は実際に働き始めて、これまで社会のせいにして逃げてばかりいた自分自身に気づけた。

同じようにいつも社会のせいにして目の前の仕事にやる気を持てない人がいたら、周囲のせいにするのではなくそれは自分自身の決定でしかないということを伝えたいと思う。

 

社会のレールにはまるのは辛い部分もある。

しかし、そんなレールにはまる生き方をしたのは自分自身なのだ。

ひとまず自分で選んだ選択に後悔しないためにも目の前の仕事に真剣になって取り組むのが大切なのではないか?

 

そんなことを思いながら、私は今日も満員電車の中に飛び込んでいった。