1日の大半をSNSに費やしてしまう人が、もしこの映画を見たら、今すぐ本を読まずにはいられなくなるかもしれない
「次は新宿〜新宿」
私は人でごった返している満員電車に乗りながら、都心の方に向かっていた。
東京では朝の7時から9時までは通勤ラッシュだ。
おじさんから中高生までがひしめき合う電車内の中で、私はつり革に手を当て、
駅に着くのを心待ちにしていた。
東京都内、毎朝繰り広げられる満員電車への乗車はもはや戦場だ。
パンパンに膨れ上がるほどの乗車率の電車内にいざ、勇気を振り絞って乗り込むのは、根性がいる。
電車内に入れてもぎゅうぎゅう詰めの中、じっと駅にたどり着くのを耐えなければならない。
あ〜まだかな、まだかな。
そう念じながらいつも私は満員電車に乗っている時間を過ごしていた。
ウォークマンを聴く人、本を読む人……電車の中での過ごし方はいろんな方法がある。
しかし、ほぼ95パーセントと言ってもいいかもしれない。
ほぼ全ての人が必ずと言っていいほど、電車内でスマホをいじっている。
数分という単位ではない。
目的地までの30分間、ずっとスマホをいじっているのだ。
暇さえあれば、スマホを見つめてしまう。
最近だと、どれだけ記事のPV数伸びているかな? などが気になって、ついついスマホの画面をチェックして、ブログのPV数を気にしてしまう。
SNSのタイムラインを見ては、どんな人が、どんな投稿をしているのかが気になって仕方がない。
時間の無駄だとはわかっている。
しかし、バックの中にスマホがあるとつい気になって開いてしまうのだ。
よく考えれば、今の時代、電車内で読書する人など、ほとんどいないのではないかと言うくらい、スマホをいじっている人が多い。
ほぼ全員じゃないかと言うくらい、電車内にいる人、みんなじっと下を見つめながらスマホをいじっているのだ。
私も同じだ。
スマホ中毒者だ。
時間の無駄だとわかっててもどうしてもやってしまうのだ。
私はそんなスマホに振り回されている自分に嫌気がさし、一時期、スマホの電源を切り、家に放置して過ごしたことがあった。
結局、一週間しか続かなかった……
スマホがないと情報をキャッチできないのだ。
今の時代、ニュースなどもテレビや新聞ではなく、スマホで情報を手に入れる人も多いかもしれない。
テレビのニュースを見るよりも、ツイッターのタイムラインに流れてくるニュース投稿を見ていた方が、リアルタイムで情報を手に入れることが出来るのだ。
そして、何よりもスマホがないと友人たちとの会話についていけなくなるのだ。
「あいつ今、〜やってんだって」
「昨日、〜したって本当?」
ほとんどの人が、前日のツイッターやInstagramの投稿を読んでいるという前提で会話が進んでいくのだ。
きちんとツイッターのタイムラインをチェックしていないと友達同士のグループから外れてしまう。
これは中学から高校生の間で、なおさらだと思う。
今の時代、みんなツイッターやInstagramを常に更新していないと、友達を作ることさえできないのだ。
私も何度も、スマホなんていらない。
スマホを見ている時間があったら読書に費やした方がいい。
そう思って、スマホ中毒症状を克服しようと試みたが、やはりスマホがないと生きていけない気がして、結局常に持ち歩いてしまっていた。
スマホが普及し始めた2009年あたりから、一気に本を読む人も減ったと思う。
日本人の47.5パーセントが月に一冊も本を読まないのだ。
識字率がほぼ100パーセントの先進国にも関わらずだ。
みんなスマホをいじっている。
確かに本を読むよりもスマホでサクッと情報を仕入れた方が簡単だし、時間もかからない。
私も大学時代は、論文を書くための情報をほとんどネットから手に入れていた気がする。
しかし、こんなんでいいのか? と思う節が常にあった。
自分の生活の大半をスマホに費やしていていいのか?
時間の浪費なのではないか?
そんなことを思っていた。
スマホをイジる時間があったら、本を読んだほうがいい。
本からの方が有意義な情報を手に入れられる。
そう頭ではわかっていても、どうしてもスマホから情報を手に入れてしまう自分がいた。
そんな時、とある一冊の本にまつわる映画と出会った。
最近お世話になっている本屋さんの人が、やたらと絶賛している映画だった。
それは、本のあり方を教えてくれる映画でもあるらしい。
私はずっとこの映画は気になってはいたが、パッケージからくる妙な暗いイメージから、いつか見ようと思って、ずっと先延ばしにしていた。
本についての物語?
なんだそれ?
そんな風に思って、適当にスルーしていたのだと思う。
しかし、最近になってライティングを始め、インプットのために本を読むようになってから、本から手に入れる情報の大切さを感じるようになってきた。
スマホだと、どうしても情報の断片しか手に入れられないのだ。
サクッと流し読みしてしまうため、手に入れたい情報だけがさっと頭の中に入れるだけで、その背景にある情報を見落としてしまうのだ。
記事のネタを探すのは、ネットよりも本からのほうが脳みそのストックが潤うと痛感し始め、私は本の大切さを感じるようになった。
そのためか、最近妙にこの映画が気になるようになったのだ。
何だ本の物語って?
TSUTAYAに行ってその映画を探してみると、本にまつわる物語と聞いていたので、私は人間ドラマのコーナーに置いてあると思っていたが、SFコーナーにその映画が置いてあった。
どうしてSFなんだ?
私は気になって仕方がないので、一度その本にまつわるSF映画を見てみることにした。
DVDを再生し始める。
なんだこのアウトローな世界観は……
大丈夫かこの映画……
私は序盤、正直そう思っていた。
まるで、アウトロー集団が活躍するマッドマックスのような映画にしか見えなかったのだ。
北斗の拳の世界観だ。
世界崩壊後、狂った人たちが略奪を繰り返し、密かに生き延びているアウトローな世界がそこにはあった。
ちぇ! 外れか。
私はそう思った。
学生時代に映画を年間350本以上見ていた私は、映画に感動しやすい性格のためか、どんな映画を見ても大抵は面白いと感じてしまうところがある。
しかし、この映画は前半は正直、そんなに面白い展開があるとは思えなかったのだ。
映画の世界観的にも、ビジュアル的にも自分の好みとは違っていた。
このままタラタラと物語が展開していくのかな……
そんなことを思いながら映画を見続けていた。
すると前半30分くらいで不思議な感覚が起こった。
それは主人公の旅人がどうやら本を抱えながら西に向かって旅をしていることが判明するあたりだ。
敵のボスもどうやら必死こいてその本を探し求めているらしい。
それは人類の救いにもなるかもしれない本だったのだ。
人類を破滅に導くきっかけにもなった本なのだ。
私は中盤からこの映画に夢中になってしまった。
まるで映画を見ているのに、図書館を走り回るような感覚がしていた。
そうか、本ってこういう存在だったんだ。
本は人類にとってこうあるべき存在なんだ。
私はその知識の体系がまとめられたSF映画を夢中になって見てしまっていた。
気づいたらエンドロールの最後まで見ていた。
感無量。
私は今すぐにでも本を手にとって、読書を始めたい気分がしていた。
そうだったんだ!
紙に印刷された本が、人類を前進されてきたんだ。
いつの時代も、世界を変えていくのは本だったんだ。
そんなことを思った。
本は人々に恩恵をもたらすと同時に、時には災いをももたらす。
この映画で描かれていた本についての話に私はとても心動かされていた。
確かにその通りなのかもしれない。
今世界中で起こっている戦争も、よく考えたらとある一冊の本が発端なのだ。
長い年月をかけて語り継がれていたその本は、人種の違いを生み出し、対立のきっかけも生み出してしまったのだ。
私は、この映画で描かれていた本のあり方を見て、とても考えさせられた。
いつの時代も人々を前進させるのは本なのだと思う。
その深い深い本にまつわるその映画は、私にとって大切なものになった。
スマホばかりいじっていた私は、この映画を見ることがきっかけで、本の重要性を改めて再確認できたと思う。
読書好きの人こそ、この映画は一度は見た方がいいのかもしれない。
あるいは、読書をほとんどせず、スマホばかりいじっている昔の自分のような人こそ、この映画だけは見てみてもいいかもしれない。
きっと本の大切さを痛感するだろう。
今世界中で起こっている戦争も、とある一冊の本が原因なのだ。
その事実から目をそらしてはいけないのだと思う。
「ザ・ウォーカー」はいつしか私にとって、本のあり方を教えてくれる大切な映画になっていた。
紹介したい映画
「ザ・ウォーカー」 2010年 アルバート・ヒューズ アレン・ヒューズ監督