カンボジアで50人近くの現地人に囲まれて乗ったバス移動が、私にライティングの楽しさを教えてくれたのかもしれない
「ホーチミン行きのバスのチケットをお願いします」
私は滞在しているカンボジア・シェムリアップのゲストハウスで、ベトナム行きのバスのチケットを購入していた。
旅を始めてからまだ一週間ほどだった。
これから一月ほどかけて、カンボジア、ベトナム、ラオス、タイのゴールデンルートを一周する予定だ。
あまりのもアンコール・ワットを拠点とするシェムリアップという街が居心地よくて、
始めの予定よりも多くの日数を滞在してしまった。
アンコール・ワットも通算二日かけて、すべてのルートを回った。
旅行代理店でマウンテンバイクをレンタルし、遺跡を回るのはまるでインディー・ジョーンズの世界だった。
あまりにも居心地が良すぎて、このままではカンボジアから抜け出せなくなる!
そう思い、私は意を決して、次の国ベトナムを目指すことにした。
「ベトナム・ホーチミン行きのバスは安くて19ドル、VIPバスだと30ドルぐらいになりますが、どうしますか?」
ゲストハウスの方にそう聞かれ、私は迷わずに一番安いベトナム行きのバスのチケットを買うことにした。
後の旅のことを考えると本当にお金がなかったのだ。
全財産8万円ほどだ。これであと1ヶ月暮らさなければならない。
東南アジアは物価が安いというが、食費や宿代を含めたら否が応でも1日2000円はかかってしまう。
私はずっと一泊3ドルほどの安宿に泊まってきたが、それでも節約をしなければ、お金がもたない。
VIPバスだとエアコン付きで、快適と聞いていたが、貧乏旅行を続けているので仕方ない。
私は一番安い国際バスに乗ることにした。
東南アジアはバックパッカー初心者にやさしい国だと言われている。
旅のルートが確立されていて、旅人は同じような街をまわり、同じように安宿が集まる場所で宿を探すことになる。
宿に泊まっていると世界中のバックパッカーが集まっているので、旅の情報交換が可能だ。その上、どの国も国際バスが通っているので、ルートや道で困ることはほとんどない。
私は翌日、朝の5時に起き、バスが停車しているポイントに向かうことにした。
ピックアップのトゥクトゥクに乗って、シェムリアップの郊外に向かうと、
そこには一台のボロボロのバスが停車してあった。
まさかこのバスじゃないだろ……
私はそう思った。
しかし、案の定トゥクトゥクのおじさんは
「このバスだよ!」
と言って、ボロボロのバスを指さしてきた。
このバスでベトナムまで向かうのか……
私は不安と期待に苛まれながら、言われた通り、バックパックを荷台に乗せ、バスに乗ることにした。
バスの中はいたって快適だった。
外から見ると、泥だらけで汚いバスだなと思ったら、中は広々としていて快適なのだ。
私は発車まで30分ほど暇をつぶしていた。
他の旅人が乗ってきたら行き先が自分と同じだとわかって安心なのだが……
誰一人として旅人が乗ってこない。
乗ってくるのはみんなカンボジア人だ。
しかも、虫のつまったビニール袋や竹の棒を持って乗車してくる。
30人以上カンボジア人が乗っているバスの中、外国人は私一人だった。
なんだこの状況は!
なんで30人以上のカンボジア人に囲まれながら、バスに乗っているんだ!
私たちが乗ったバスは時間が過ぎてからゆっくりと発進した。
ギコギコ言いながら道中を進む。
カンボジアの道路は毎朝大量に降るスコールの影響で、泥だらけだ。
交通もほとんど整備されていない。
ガタンゴトンと揺れながらバスは進んでいった。
本当にこのバス目的地に着くのかな?
そう思いながらも、今更どうしようもないので、バスの中でじっと揺れに耐えることにした。
バスが発進しだして数分後、突然、道の真ん中で停車しだした。
なんだ? と思ったら現地のカンボジア人はどんどん乗車してくるのだ。
なんでバス停で乗らないんだ!
と私は思ったが、バス停だろうが道の真ん中だろうが、バスが来たら手を上げて呼び止めるのがカンボジア流のバスの乗り方らしい。
20分に一回はこんな感じの途中停車が続いていた。
何人途中から乗ってくるんだ……
気づいたら私は50人近くのカンボジア人に取り囲まれていた。
もちろん旅人は私一人だ。
みんな世間話で大騒ぎだった。
眠れないじゃないか……
私は耳をふさぎながらそう思っていた。
約3時間ほど経っても一向に目的地に着く気配がない。
国境に向かっているのかさえ不明だった。
本当に大丈夫かな。
私は不安になってきた。
バスの窓から道路標識を眺めていると、この先プノンペンと書かれた標識を見つけた。
あ! このままいけば首都のプノンペンか……
そう思った矢先、バスはその矢印とは反対に右折し始めた。
おいおい……どこに向かっていくんだ。
私は意を決して、バスの運転手に行き先を聞いてみた。
持っていたチケットを見せて、「本当にホーチミンまでこのバスは行くの?」
と聞いたのだ。
どう考えても私の身の回りにいるカンボジア人はベトナムまで行くつもりはなさそうだった。
バスの運転手はニコッとしながら
「ノープロブレム」と答えていた。
本当にノープロブレムなのかよ!
そう思ったが、バスの中でひしめき合うカンボジア人の熱気に圧倒され、私は席につくことにした。
バスはそれから何度も途中停車して、現地のカンボジア人を乗せて行った。
バスが停車すると売り子が寄ってたかってくる。
みんなバスの窓から昼食を買って行った。
私も昼食を買うことにした。
なんかよくわからんライスが入った弁当だった。
明らかにライスの横にはコオロギらしき虫がセットで付いてきている。
なんでライスの横に虫があるんだ!
私には衝撃的だったが、カンボジアの奥さん方は美味しそうに虫を食べていた。
結局バスはそれから2時間ほどかけて、何もない荒野を進んでいき、ようやくプノンペンにたどり着いた。
「おい! 君ここだよ」
私はバスの運転手に声をかけられた。
え? まだベトナムに入ってないよ。
そう思ったがバスから出てみると、旅行代理店が目の前にあった。
どうやら私が持っているベトナム行きのチケットはプノンペンでバスの乗り換えがあったらしい。
どうりであのバスは現地のカンボジア人で賑わっていたのか……
私はやっと理解できた。
プノンペンの旅行代理店の前でベトナム行きのバスに乗り、私はカンボジアを後にすることにした。
約50人近くのカンボジア人に囲まれ、蒸し暑い車内でカンボジアの歌謡曲を聞きながらバスの揺れに耐えた経験は笑えるほど過酷だった……
しかし、今思うといい思い出かもしれない。
私は最近、毎朝ライティングをするようになった。
「書けるようになるには書くしかない」
そう言われ、毎朝コンテンツを書くようにしているのだが、
ライティングって、あの不安で苛まれたカンボジアのバス移動に似ているなと思う時が度々あった。
ライティングもある程度、着地点を決めてから書き始めているが、道中どこに転がって、どのような展開になるのか自分でも把握しきれないのだ。
ほとんど即興任せで書いているのだ。
私だけでなく、すべてのブロガーや記事を書いているライターさんも同じだと思う。
ある程度、着地点は決まっていたも道中どのような展開になるのかは把握できない。
自分でも思ってもみなかった展開になる時もある。
旅も同じなのだ。
目的地はある程度決まっていても、道中どのようなルートをたどり、どんな人と出会いながら旅が進んでいくのかその場でしかわからないのだ。
ほとんど即興任せだ。
だから、旅もライティングも面白いのかもしれない。
すべて即興的な出会いと出来事が蓄積されていって面白いものが出来上がっていくのだ。
私は毎朝のライティングを通じて、あの刺激と出会いに満ちた東南アジアの旅を思い出しているのかもしれない。
旅もライティングも自分でも予想しなかった出来事や出会いを大切にしたい。
そんなことを思うのだった。