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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

文章も、脳の右側で書け!

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「なんだこれ」

私はとある本屋さんで、この本を手に取っていた。

それは絵が下手くそな人でも描けるようになるコツを伝授してくれる本らしい。

店員さんは「この本めちゃくちゃ面白いですよ」と意気揚々と喋っていた。

 

私は帯に書かれている文章に目がいった。

「絵を描くのに必要なのは、特別な才能ではなく、適切な指導です」

 

私は絵が苦手だった。

美術の成績は割といい方だったが、どうも絵には苦手意識があった。

高校時代も美大予備校に通おうと思い、体験授業も受けたが、金銭的にしんどい理由と周囲のデッサンのクオリティーに驚き、高校の美術の時間で満足していた私には無理だとわかったのだ。

 

小学生の頃などは、漫画に憧れ、自分で漫画を描いていた時もあったが、絵が下手くそという理由ですぐに断念した。

 

絵だけはセンスが必要だ。

そうずっと思っていたのだ。

 

絵が上手い人は生まれつき絵が上手い。

ただ、それだけだと……

 

私が絵を描くことの重要性に気づいたのは、大学時代に自主映画を作っていた時だった。

カメラをセッティングして、撮影を始めていくと、どうしてもカメラマンや監督の絵のセンスが問われることがある。

カメラをどう配置し、役者の顔をどう捉えるかなど、写真という名の一枚の絵が2時間に蓄積されたものが映画なのだと思う。

 

カメラをどう配置し、どう描くか?

絵のセンスがものすごく必要とされるのだ。

スピルバーグ監督など、相当絵にこだわる人で、優秀な撮影監督と一緒にミーティングしながら、ゴッホターナーの絵について話し合い、カメラワークや照明の当て方などを研究していくという。

 

よく考えれば、有名な映画監督はみんな、もともと画家志望の人が多かった。

世界の黒澤明だって元々画家である。

ヒッチコックも画家志望だった。

 

1020年代のトーキー映画の時代では、絵では食っていけないからという理由で、

映画の世界に入って来た人が、意外と多いのである。

 

私は美大を目指しても、絵が描けないという理由で諦めた人間である。

どこか絵が描けないということにコンプレックスを抱いている自分がいた。

 

本当に絵が描けるようになるのかと疑いながら、気になって仕方がなかったので、

その本を手にとって読んでみることにした。

 

本のタイトルは「脳の右側で描け」である。

脳の右側? 右脳で描けということか?

 

私はなんだかよくわからない本を買ってしまった。

金の無駄遣いかなと思いながら、本を読んでいった。

 

読み始めて驚いた。

これはデッサンについてがメインの本ではないからだ。

 

脳科学の本だったのだ。

 

 

 

本当に驚いた。

人間が絵を描く際、脳のどの部分を使い、どう描いているのかがまとめられて書いてあったのだ。

 

作者は長年の経験上、絵が描けないという人は才能ではなく言語をつかさどる左脳に支配されているからだという。

絵などをはじめとした人間の創造性の根幹は、すべて右脳で行われるのだ。

左脳の働きを止め、右脳のリミッター解除をする方法が本の中で詳しく紹介されてあった。

 

私はこの本に書かれてあった右脳のリミッター解除をする方法で、簡単なデッサンを描いてみることにした。

すると、驚いた。

明らかに上手くなっているのだ。

 

どうなってんだ? と思った。

たった、これだけのコツで絵が飛躍的に上手くなるものなのか?

 

私は人間の脳の仕組みもまとめられているこの本を夢中になって読んでいった。

スティーブ・ジョブズアインシュタインなど歴史上の偉人はすべて右脳のリミッター解除の達人だったという。

人類を前進させた天才たちは皆、右脳の使い方が人一倍上手いらしいのだ。

 

人間が創造性を発揮する場面では、必ず右脳のリミッター解除が行われている。

理屈でどうこう考えるのではなく、直感的に物事を決め、前進していくのだ。

 

絵が下手くそな人の原因はそこにあった。

デッサンしている時も「ここはこうで〜顔の輪郭はこうで」など、

言葉に置き換えて描いてしまうのだ。

 

絵が上手い人は、右脳の直感的な働きを駆使して、デッサンする対象を言語ではなく、直感的に捉えてデッサンしていくのだ。

 

私はこの本に書かれてあった右脳のリミッター解除の話を知り、ライティングを思い出していた。

私は文章を書く際、10本に1回くらいに何も考えずにす〜と書ける時があった。

普段は「タイトルはこうして〜ここはこうで」など、いろいろ考えながら書いてしまうのだが、割と評判がいい記事は、何も考えず、即興に任せて、す〜と書けた記事なのだ。

 

理屈どうこう関係なく、ただ直感に任せて書いた記事の方がバズってたりする。

もしかして、その時、私は無意識にも右脳モードに切り替わっていたのかもしれない。

無意識のうちに構成などを考え、右脳の中でまとめているのだ。

 

 

この本の中では、とある方法を使って、左脳の働きを止め、右脳のリミッターを解除する方法が書かれてあった。

 

そして、日本人が昔からやっていた右脳のリミッター解除の方法は座禅なのだと思う。

座禅や瞑想は脳みそを空っぽにして、直感力を研ぎ澄ませる働きがある。

その直感的な部分で物事を捉え、京都の寺の庭園などが作られて行ったのだ。

 

実は日本の書道や庭園などは、右脳の力を最大限に発揮されて作られたものだった。

欧米人が日本のものに興味を持つ部分もそこらしい。

論理的な解釈で物事を捉える欧米人には、日本の直感な概念や芸術作品にとても興味が惹かれるらしいのだ。

 

私はまさかデッサンについて書かれた本で、ここまで深い解釈ができるとは思わなかった。

人間が創造性を発揮する場面は一体どこなのか? そのことがこれでもかと詳しくまとめられてあったのだ。

 

クリエイティブな仕事についている人なら一度は読んでみてほしい本だと思った。

物を作っている時、人間は無意識にも右脳をフル活用しているのだ。

空っぽの脳みその中から湧き上がる右脳の直感と即興力を駆使して、クリエイティブな活動をしている。

 

文章を書くコツも「脳の右側で書け」なのだと思う。