ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

「ラ・ラ・ランド」に心動かなかった人も、このミュージカル映画を見ればきっと、思わず音楽に合わせて指を鳴らしてしまうだろう

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「本当に深い感情は時空も現実も物理法則も超える。ミュージカルで人が突然踊り出すのはそれなんだ」

映画「ラ・ラ・ランド」のチャゼル監督がインタビューで答えていたものだ。

 

私は学生時代に350本以上の映画を見ていた。

今思うと、だいぶおかしい。

その中でも、数本……100本の1本の割合で、私の脳みそを感化させ、深い感情にダイレクトに突き刺さるような映画があった。

 

最近だと「この世界の片隅に」という映画だ。

見終わった後、ただ呆然としてしまうのだ。

人間はあまりにも感化されるようなものを見たとき、理解の範囲を超えて、ただ呆然と立ち尽くしてしまうのだと思う。

 

自分の人生観にも刺激を与え、深く感情に突き刺さるような映画。

人はそれを名作と呼んでいる。

 

もちろん、人によって感じ方は違うだろう。

過去の名作映画を今の人が見ても、時代の違いからあまり共感が持てず、感化されることもないかもしれない。

 

しかし、過去に大ヒットした映画は、その当時の人々の心を鷲掴みにしたのは事実なのだ。そこから学べることも多いはずだ。

私はとにかく1950年代から1960年代初頭のハリウッド全盛期の映画が大好きだった。

アラビアのロレンス、裏窓、捜索者、アパートの鍵貸します……

など名作といわれるものが勢ぞろいだ。

 

その当時は、ハリウッドも全盛期で、映画撮影所が「夢の工場」とも呼ばれていたらしい。当時に作られた映画は、人々の夢が詰まった宝石箱のように斬新な映画が多かったのだ。

監督の作家性が溢れ出ているのだ。

1960年代後半のベトナム戦争が始まり、カウンターカルチャーの風潮が強まるまで、ハリウッド映画にはヘイズ・コードという規制があった。

セックスやドラッグ、殺人などの描写は映画で一切表現してはいけなかったのだ。

映画作家たちは、この規制の中でも、ありとあらゆる手段を使って、人間の深い感情を表現してきた。

 

名作「アパートの鍵を貸します」など、よく見たら上司の浮気を手伝う話である。

性的な描写があった途端、規制に引っかかってしまうので、ロマンチックコメディーとして演出でうまくごまかしているのだ。

 

私は、ありとあらゆる規制の中、もがき苦しみながら、自分の映画を模索していた1950年代から1960年代のハリウッドの映画監督がとにかく好きだった。

 

規制と戦いながら、自分の映画を模索し、全身全力で映画を作っている熱意が、スクリーンから溢れ出てくるのだ。

監督から裏方のスタッフに及ぶ、一人一人の熱意がこもった映画が多いのだ。

 

チャゼル監督も50年代から60年代の映画が好きだったようで、「ラ・ラ・ランド」をよく見てみると、過去の名作へのオマージュがてんこ盛りである。

雨に唄えば」「シェルプールの雨傘」「81/2」「巴里のアメリカ人」など名作ミューッジカル映画など……名作映画への愛が溢れていた。

 

「理由なき反抗」など、思いっきり映画の中で登場していた。

ロサンゼルスに住む人は、大概のデートスポットがグリフィス天文台なので「ラ・ラ・ランド」のあのシーンを見ると、涙が止まらなくなってしまうらしい。

 

私はある程度、この時代の映画を見ていたので、「ラ・ラ・ランド」を見ていた時は、

「あ! このシーンはあの映画だ」「あ! もしかしてこの映画じゃないか?」

など、懐かしい映画を見ているようで、興奮しながら見てしまった。

 

個人的に、自分も「夢追い人」なところがあるので、夢を追いかける「ラ・ラ・ランド」の主人公を見ていると、自分と重なって見えてしまい、ラストシーンには泣きそうになってしまった。

 

しかしだ。

 

明らかに映画館にいた他の観客の反応が微妙だったのだ。

上映開始から一週間を過ぎると、映画館に入る人も少なくなってきたような気がしていた。

 

この映画を見た妹の感想は

「突然、踊り出すからストーリーの展開がごっちゃになって、よくわからなかった」

と言っていた。

 

確かに……

それはミュージカル映画を苦手とする人が多い理由だと思う。

物語の重要なポイントを歌と踊りで表現するため、主人公たちに感情移入できなくなるのだ。

「なんでここで踊り出すの?」

と思ってしまうのだ。

ましてやミュージカルなど一生で一度、見るか見ないかという日本人には、ミュージカル慣れしていないので、歌と踊りで表現されてもポカンとしてしまうのだと思う。

 

私も正直いうと、ミュージカル映画は苦手なジャンルだった。

年間350本以上映画を見ていても、ミュージカル映画だけは苦手だったのだ。

やはり、登場人物たちに感情移入しづらい。

苦戦してしまうのだ。

 

「ラ・ラ・ランド」は名作だと思う。

ハリウッドの人たちに絶賛されるのもわかる。

本当に泣ける名作だ。夢を追いかける人なら絶対見た方がいい映画だと思う。

 

しかし、ミュージカルの世界についていけず、物語の展開を追いかけることに苦戦した人も多いのが、事実だと思う。

どうしてもミュージカル映画だとそうなってしまうのだ。

 

過去の映画監督もミュージカル映画に挑戦して失敗していった人が多い。

フランシス・フォード・コッポラ監督も「ゴッドファーザー」の成功後、ミュージカル映画に挑戦したが、興行的に大失敗し、映画が撮れなくなってしまった時期があった。

 

最近「沈黙」が公開され、話題になったマーティン・スコセッシ監督も「ニューヨーク・ニューヨーク」というミュージカル映画が大コケし、大変な目にあっている。

 

 

 

これまで数多くのクリエイターが挑戦し、あえなく散っていったのがミュージカル映画というジャンルなのだ。

そう考えれば、「ラ・ラ・ランド」のヒットが奇跡的だというのもわかる。

 

私は「ラ・ラ・ランド」を見てから、ミュージカル映画をきちんと見てみようと思い、いつものようにTSUTAYAに足を運び、映画をレンタルしようと思った。

 

案の定、「ラ・ラ・ランド」特集コーナーがあった。

「シェルプールの雨傘」など、チャゼル監督に影響を与えた名作ミュージカル映画が勢ぞろいだ。

普段、ミュージカル映画などレンタルされることがないのに、「ラ・ラ・ランド」のヒットのこともあり、空になっているDVDケースが多かった。

 

私は重度のTSUTAYAユーザである。全盛期は週4くらいでTSUTAYAに通っていた。

そんな自分がこれまでミュージカル映画がレンタルされているのを見てこなかったので、今ミュージカル映画が注目されていることにちょっと違和感があった。

 

私はいつものように映画の棚を見ていった。

すると、ある一本が気になった。

「この映画……そういえば見たことないな」

 

私は直感的にその映画のDVDケースを手に取っていた。

それは名作中の名作と言われているミュージカル映画だった。

私はミュージカル映画に苦手意識を持っていたので、その映画を見ることはなかったのだ。

いつか見た方がいいだろうなとは思っていたが、苦手意識があったので、手に取ることはなかった。

 

そのミュージカル映画は「ラ・ラ・ランド」特集コーナーには置いてなかった。

私は何かに導かれるかのようにこの映画のDVDケースを手に取り、レンタルしてみることにしてみた。

 

私はやはりミュージカル映画は苦手である。

一週間したはいいが、いつまでたっても見る気が起きなかった。

返却予定日が明日に迫ると、さすがに見なきゃなと思い、仕方なくDVDをデッキに入れ、再生し始めた。

ミュージカルなので、飽きたら途中で止めようと思っていた。

 

2時間30分もある映画なので、飽きたら止めよう……そんな前提で見ていったと思う。

 

オープニングが始まった。

古い映画特有の前説のようなものが始まった。

昔は映画が始まるまでに、館内に音楽が鳴り響き、上映開始まで5分ほど時間がかかったのだ。

 

 

私はオープニングを見ている時、

「なんだこれは? 」

と思った。

画面によくわからない棒が点在してあったのだ。

 

昔のラテン系の音楽に合わせ、チカチカと点滅していった。

そして、次のカットでその棒の正体がわかる。

 

 

あ!!!!

それはマンハッタン島の姿だった。

私も学生時代にそこを訪れたことがあった。

「世界の中心を見てみよう」と思い、金を貯めて、ニューヨークまで行ったのだ。

 

なんという斬新な演出なんだ。

私は感極まってしまった。

 

すごい! 

すごすぎる!

 

そして、次のカットで若者たちが映される。

「カッ! カッ! カッ! カッ!」と曲に合わせてフィンガースナップを決めている。

 

カッコイイ。

とにかくオープニングがカッコイイのだ。

こんなにカッコイイ映画のオープニングは見たことなかった。

 

私はこの映画の世界に入りこんでしまった。

マンハッタン島にある、とある箇所を舞台にしたその映画は、差別の問題や若者の反抗を描いた傑作映画だった。

 

まるで現代に甦った「ロミオとジュリエット」のようにわかりやすい構造をしているので、ミュージカルに苦手意識を持つ私でも、十分に物語の展開についていける映画だった。

 

なんでこれまでこの映画を見なかったのだろうか?

私はもっと早くにこの映画の魅力に気づけばよかったと思った。

 

映画を見ていくうちに、私はもはやミュージカルに苦手意識を持っていたことすら忘れていた。もっと踊ってくれ。もっと踊りを見せてくれと思ってしまった。

 

そして、「ロミオとジュリエット」のような余韻を残す悲しい結末で映画は終わった。

映画が終わっても、その後もすごかった。

 

エンドクレジットもこだわり抜いて作られているのだ。

ここまでやるのかというくらい、クリエイターの意地が画面に溢れているのだ。

 

マンハッタン島に点在する道路標識を模したエンドクレジットには、最後に「right」という標識が画面に映される。

日本語では「右」という意味だが、英語では「正しい」という意味にもなる。

 

マンハッタン島のとある箇所にたむろする不良グループに向けたメッセージがそこにはあった。

「道を誤るな」そう伝えているのだ。

 

私はこの映画を作った製作陣の熱意がエンドクレジットからも伝わって、鳥肌が立ってしまった。私の脳細胞が刺激され、映画が終わってもしばらく立ち上がることができかった。

 

 

「本当に深い感情は時空も現実も物理法則も超える。ミュージカルで人が突然踊り出すのはそれなんだ」

私はこの言葉を思い出していた。

この映画こそ、この言葉が最も当てはまると思ってしまった。

 

 

ここまで突き詰めて、ありとあらゆるカット割りから構成を考えて作られた映画が他にあっただろうか?

この映画が作られた1960年代はヘイズ・コードがまだあった時代だ。

それなのに若者による不良問題や「人種のるつぼ」と呼ばれるマンハッタン島に蔓延る移民問題差別意識を如実に表現されているのだ。

 

差別や暴力では決して問題は解決しない。

「道を誤るな」

そう伝えているのだ。

 

私は映画を見ている時に、なんかこのシーンどこかで見たことあるなとずっと思っていた。ダンスシーンがどこかでパロディーで使われていたような。

「Beat It」というセリフもどこかで聞いたことがあるような……

 

私は気になってグーグルで調べてみると、すぐにわかった。

マイケル・ジャクソンである。

彼は相当この映画が好きだったようで、ミュージックビデオで踊りの参考にしていたのだ。彼のミュージックビデオの数本はこの映画のオマージになっているのだ。

あの手足が長いことを駆使したマイケル・ジャクソンの踊りの元祖はこの映画にあったのか……そう思ってしまった。

 

この映画はありとあらゆるクリエイターに今でも影響を与え続けている。

漫画家の石ノ森章太郎先生も、相当この映画の影響を受けていたらしく、「サイボーグ009」など、絵の作風が映画の主人公たちとそっくりである。

 

宮藤官九郎の「池袋ウエストゲートパーク」もどこかしらこの映画から影響を受けていると思う。対立する2つの不良グループが警察を巻き込んで、抗争していく展開などがそっくりだ。

 

 

差別や暴力では解決しないことを訴え、スタジオの中で撮られた偽りのマンハッタンではなく、落書きだらけで犯罪が蔓延っていた当時のマンハッタン島のそのままを写したこの映画は今でも多くの人を魅了する。

そして、ありとあらゆるクリエイターに影響を与えてきたことがわかると思う。

 

ミュージカル映画に苦手意識を持つ人でもニューヨークのウエスト・サイドを舞台にした、この映画だけは一度は見てみてほしい。

 

とにかくオープニングが、斬新でカッコイイのだ。

 

 

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