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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

私が、TSUTAYAから年賀状が届くほど、狂ったように年間350本以上の映画を見続けていた理由

映画

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私は狂ったように映画を見続けていた時期があった。

それは大学時代だった。

 

毎日のようにTSUTAYAに通い、毎回10本以上の映画をレンタルしていた。

本数で行ったら年間350本以上だった。

浴びるように映画を見ていたのだ。

休みの日などは朝6時に起きて、夜中の1時までノンストップで映画を見ていた。

1日に6本は映画を見ていたと思う。

 

今思うと、だいぶ頭がおかしい。

 

TSUTAYAから年賀状が届いてしまうくらい、映画を見ていたのだ。

おかげで、今TSUTAYAに行っても借りるものがなくて困っている。

洋画はア行からワ行まで、ほとんどの棚のDVDは見尽くしてしまったのだ。

 

 

 

大学を卒業した今、当時のように情熱をかけて映画を見れなくなってしまった自分に気がついた。

なぜ、当時の私はそれだけ狂ったように映画を見続けていたのか?

浴びるように映画を見ていたのか?

 

それは映画を見た分だけ、映画を作っていたからだと思う。

映画をインプットした分、自分の脳みそにある映画の知識を吐き出しまくっていたのだ。

 

 

 

「大学に入ったら好きなことをやろう」

そう思っていた私は、大学に入って早々、自主映画作りにのめり込んでいった。

自主映画と言っても、カメラ、照明、音声などいろんな人たちの協力が欠かせない。

5分の短編を作るのにも、最低5人以上の協力が必要になってくる。

 

私はいろんな人と関わりながら映画を作っていく過程が死ぬほど楽しかったのだ。

学生時代に7本は映画を作ったと思う。

 

映画を作って、編集をしているうちにある先輩にこう言われた。

「編集はどれだけ映画を見てきたかというストックが大切だ」

 

映画を編集する際には、カット割りのセンスが必要になってくる。

 

二人がテーブルで話しているシーンでも、どこで切って、どう繋げるかは編集する人のセンスがとても必要になるのだ。

そのセンスは、今までどれだけの量の映画を見ていたかに比例するらしい。

 

映画を作ろうと思ったら、きちんと映画を見るようにしなきゃいけないんだな。

私はそう痛感した。

 

私はその日から狂ったように映画を見始めた。

今までも映画は見てきた方だが、量が倍以上に増えた。

常に家には10本以上のレンタルDVDが置いてあり、暇さえあれば、わんこそばのように映画を見ては、TSUTAYAに返却してを繰り返していたのだ。

 

私は特にサスペンス映画が好きだった。

スピルバーグヒッチコックの映画が好きで、「激突!」と「裏窓」は月に2回は見直していた。

 

サスペンス特有の緊張感がたまらなく好きだったのだ。

私もスピルバーグヒッチコックのように、人々をハラハラドキドキさせるような映画を作りたいと思うようになった。

 

そして、私はなんとかサスペンス映画を作れないかと考え始めた。

 

そうだ! ゾンビ映画を作ろう。

とある時、思い立った。

 

自分が好きなサスペンスの醍醐味と、パニックものの面白さを合体させるような映画が作れるかもしれない。

そんなことを思ったのだ。

 

私はそれから脚本作りにのめり込んでいった。

学生映画でホラーは難しいと言われている。

まず、血糊をばらまく場所がない。

それに雰囲気を作るため、夜間の撮影しかできない。

 

私は自分なりに早撮りできる方法を考えていった。

偉大な映像作家たちはどうやってサスペンスを作ってきたのか? 

スタジオ側の予算などの制約がある中で、どうやって早撮りで映画を撮り切ったのか? そんなことも考えて映画を見ていった。

 

私はゾンビ映画を作るために、浴びるようにサスペンス映画を見ていたと思う。

ヒッチコックの映画はほぼ全て見尽くした。

映画の教科書とも言われている「定本 映画術 ヒッチコック トリュフォー」も読んだ。

親指の厚さほどのクソぶ厚い本だったが、私は夢中になって読んでいた。

 

サスペンスの巨匠ヒッチコックが作り上げたサスペンスの定義が、見事に載っていたのだ。

そこから学んだサスペンスの知識を自分の映画作りに利用していった。

 

私は映画を作るために、浴びるように映画を見ていた。

ガンガン映画を作って吐き出すために、浴びるように映画を頭にインプットしていったのだ。

 

いつか役に立つかもしれないからヒッチコックの映画を見ようという発想で映画を見ていなかった。

 

ひとまず、映画を作るから、その参考になる映画を探して行ったのだ。

10リットルの血糊をばら撒きながら、夢中になってゾンビ映画を作っていると、否が応でもアイデアのインプットが枯渇してくるものだ。

その枯渇した脳みそを潤わせるためにも、浴びるように映画を脳みそにインプットしていたのだと思う。

 

そのインプットもあったおかげで、なんとか4ヶ月以上かけて約40分のゾンビ映画を作り上げることができた。

 

今思うと、その経験は何に役立ったのかよくわからない。

浴びるように映画を見て、私の脳みそは余計な映画の知識でいっぱいになってしまった。

あの4年間、家に引きこもって映画ばかり見ていないで、もっと他のことに夢中になればよかったと思う時もある。

 

しかし、ライティングの魅力に気づき、書くことの楽しさを知った今、浴びるように映画を見ていた経験が役に立つこともあった。

 

タイトルで惹きつけて、5000字の文章をいかにして最後まで飽きさせずに読ませるか? というライターが抱える課題は、自分にとってサスペンス映画を作っているような感覚だった。

 

ここはあえて隠して、読者の想像に任せよう……など、何となくサスペンス映画を作っている感覚でいつも書いている感じがする。

 

学生時代にアホみたいにヒッチコックスピルバーグの映画を見ていた経験がまさかライティングをする際にも役に立つとは思わなかった。

 

私は結局、映像の世界に進むのを諦めてしまった。

 しかし、浴びるように映画を見て、映画を作っていた経験が、今とても役立っている気がする。

何事も夢中になって取り組んでいたことは、何10年後かには、点と点が繋がるように役に立つ時がくるのだと思う。