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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

努力しているふりをしていた私は、どうもがいてもプロには勝てないと思った時に、この本を読み返す

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「書きすぎだよ」

英単語で埋まっている私のノートを見て、中学の同級生はそう言っていた。

ノートにびっしりと書いてある英単語帳を見て、何かを思ったようだ。

 

「何でそんなに書いて覚えようとするんだよ」

彼は割と成績が良い人で、部活動で忙しい中でも、いい成績をキープしていた。

それに比べて、私は明らかに劣等生だった。

人一倍努力しなきゃいけないと思っていたのだ。

 

「自分は物覚えが悪い人間だから、人の倍は書かなきゃ覚えられないんだ」

そう言って私はノートに目を向けていたと思う。

 

同級生は「ふん」と言って、去っていった。

 

中学2年生まで、私はほとんど勉強というものをしたことがなかった。

読書が大の苦手で、文字の読み書きが人一倍遅かったのだ。

学校の先生の話を聞くことも苦手な子供だった。

いつも落ち着きがなく、椅子をグラグラしていた。

 

そんな私だったが、中学2年の終わりになると、さすがに高校受験に向けて勉強しなきゃなと思うようになった。中学2年のTO不定詞もほとんどわからなかったのだ。

さすがにヤバイなと思ったのだ。

 

私は中学2年の冬に友人に勧められた塾に行ってみることにした。

その塾での体験講座を受けて、私は講師の言葉が今でも心に残っている。

「知らないということは恥なんだ。勉強できるときに勉強しておけ!」

 

当時の私にはその言葉がとても響いていた。

私は全く漢字の読み書きができない生徒だった。

中学2年で小3の漢字もあやふやだった。

漢字の読み書きができず、人前で恥をかいたこともあった。

そんな時、私は「自分は漢字が苦手だから仕方ない」と思って諦めていたと思う。

 

そんな私だったが塾の講師の言葉に心動かされてしまった。

「知らないということは恥なんだ……勉強しなきゃ」

そう思った。

 

それから私はがむしゃらに勉強していったと思う。

英単語を覚えるのが苦手だったため、人の倍以上は書くようにしていった。

1日8時間以上は勉強に費やしていたと思う。

しかし、そのうちの3時間は英単語の暗記だった。

 

いつも自習室にこもって英単語をノートに書いている私を見かけた友人は

不思議に思っていたらしい。

勉強の時間配分を間違っていると……

 

物覚えが悪いから人一倍努力しなきゃダメなんだ。

当時の私はそう思っていたが、今思い返すと……

努力しているふりをして安心しているだけだったのだと思う。

 

ノートに英単語を人一倍書き込んで、努力している自分に満足していたのだ。

頭の中には入っていなかったのかもしれない。

 

高校受験は、そんな努力しているふりでもなんとかなった。

しかし、大学受験はそううまくいかなかった。

 

高校受験は東京都大会だが、大学受験は全国大会になる。

競争率も高校受験の数10倍になるのだ。

 

私は都内でも有数の進学高に通っていたことから、無駄にプライドが高く、

自分の偏差値もわきまえずに、早稲田やら慶応を目指して勉強していた。

 

とくに行きたい大学もなかった。

やりたいことも見つからなかった。

 

「やりたいことが見つからないなら、ひとまず大学に行ったほうがいい」

という社会に蔓延る迷信のようなものを信じて、私はがむしゃらに勉強していた。

 

現役の時は、センター試験でつまずいて、ほぼ全て落ちた。

高校3年生の夏まで部活動に励んでいた同級生は皆、現役で大学に合格していった。

 

人一倍努力したのに、なぜ認められないんだ……

そう悲観していたと思う。

ちょうど浪人が決まった時に、東北の大震災が起こった。

日本中がパニックに陥っている中、私は机にこもって勉強していた。

 

浪人時代は本当に辛かった記憶しかない。

勉強に疲れてテレビをつけてみても、津波のニュースしかやっていないのだ。

あの時はバラエティー番組も全てストップしていた。

暗い気持ちを背負った私のはけ口になるものがなかったのだ。

 

努力しても意味がないのではないか……

私は何度もそう思っていた。

 

浪人生と現役生の成績の伸び方はだいぶ違ってくる。

一度大学受験に挑んな浪人生は基本的に8月まで上位の成績をキープできる。

しかし、問題は秋以降なのだ。

それまで部活動で明け暮れていた現役生が一気に受験モードになり、追い上げてくるのだ。部活動をしていた人たちは、とにかく集中力がすごい。

忙しい合間に、勉強をしてきた人たちだから、本気モードになると一気に追い上げてくる。時間の使い方がうまい。

 

それに比べ、フリーターでも学生でもない浪人生は社会的存在意義がゼロである。

時間だけはたっぷりとある。

しかし、そんな時間を効率良く使い、勉強に励み、モチベーションを保ち続けるのは案外難しい。

私は余震などが続く中でも、黙々と勉強をしていた。

努力していないと落ち着かなくなったのだ。

 

秋以降に現役生が追い上げてくる頃になると、さすがに勉強を効率良くしなきゃ意味がないと思い、英単語の暗記の方法などを自分なりに考えていった。

1日の勉強する時間を決め、午前中に一気に過去問を解き、夜は本を読んで過ごすなど、メリハリをつけて過ごすようにしようとも思った。

 

しかし、努力していないと落ち着かなかった。

努力しているふりをしていないと、また落ちると思ったのだ。

 

結局、1月を過ぎても、効率のいい勉強法を見出せず、受験科目も日本史で行くのか、数学で行くのかあやふやのまま、私立の試験日を迎えてしまった。

 

なんとかそこそこの私立大学には入れたが、私はあまりパッとしなかった。

国立は2年連続でセンター試験で落ちていた。

 

私はその経験から、いくら努力してもできないものがあるということを知ったと思う。

努力したふりをして安心していた自分に気づいたのだ。

 

大学4年生になり、就活の時も人一倍に面接講義などを受けて、面接の練習をしたが

ほとんどの企業で落とされた。いくら面接で喋る練習をしても、遊び呆けているが人柄が良さそうな友人の方が大手企業に受かっていた。

 

私は結局、世の中の基準的には大学受験も就職活動も失敗した。

努力が足りなかったのかもしれない。

しかし、私は努力しているふりをして満足していただけなのかもしれない。

 

大学を卒業したのちに、私は新卒で入った会社をドロップアウトして、世の中をさまよっている時に、偶然にもライティングの魅力に気づいた。

 

私は書くということは好きだった。

大学時代には自主映画作りに熱中し、図書館にこもっては脚本を書く毎日を過ごしていた。友人に頼まれて書評やインタビュー記事を書いたこともあった。

 

私はとあるライティング講座に通い始め、本格的に書くということに取り組み始めた。

そこにはプロのライターをしている人から、OLとして忙しい毎日を過ごしながらも小説を書いている人が集まっていた。

 

私はそこでも人一倍書いて努力していった。

ほとんどの人が週に2000字書くのなら、その倍以上は書かなきゃと思い、カフェに一日中こもって記事を書き続けた。

 

しかし、どうもがいてもプロ級のライターさんには勝てなかった。

忙しい毎日を送りながら必死に書いている人たちの文章はどこか、血肉を擦り切るように濃厚で、人々の心を動かす。バズってpv数も自分の書いた記事の倍以上はあった。

 

努力しても意味がない。

どんなに書いてもプロ級のライターには勝てない。

そう思う時期もあった。

そんな時、私はいつもある本を思い返していた。

 

「傷口から人生〜」

就活に失敗した作者が、これまでの自分の人生をまとめた自伝的な本だった。

私は就活に大敗し、大学の同級生のも顔向けできずにいた頃、この本と出会い心救われていた。

大学を内定ゼロで卒業し、世の中をさまよい歩き、ようやく書くという仕事にたどり着いた作者の人生観や思いに私は共感してしまったのだ。

 

はじめの方にはこう書かれていた。

それは作者がとある新宿の本屋でおじさんにナンパされた時に言われた言葉らしい。

 

「書くというものは心の中にあるバケツの水が溜まって、溢れ出るようなもの。焦らなくていい。普通に生活していくだけでそれは溜まっていく。そうしてそれが一杯になった時に、その一滴一滴がなんだったのかを理解するんだ。どんな人間にもそれが訪れる瞬間が人生の中にあるんだよ」

 

就活の時にそのおじさんと出会った作者は、大学を卒業して世の中をさまよい歩いたのちに、からだったバケツの水も溜まって、こうして本を書くようになったという。

 

私は書くということに悩む時は、よくこの言葉を思い出す。

いくら努力してもプロ級のライターさんには勝てないかもしれない。

しかし、努力していたらバケツの水は少しずつ溜まっていくのだと思う。

何十年後かになるかわからないが、その水が溜まってバケツから溢れ出た時、その一つ一つの水滴がなんだったのかわかるのかもしれない。

 

私はこれまで努力するふりをして安心していた人生を歩んでいたと思う。

大学受験も就職活動も、人一倍努力したという安心感で結局失敗していた。

努力の方向性を間違えていたのかもしれない。

 

今年はきちんと書くことに向き合おうと、こうして毎日文章書いているのだが、

その努力の仕方もあっているのか正直わからない。

 

しかし、何もしないよりかはマシだと思う。

書いて書いて書いているうちに、バケツの水が溜まっていって、いつか溢れ出てくる。

そんなことを思うのだ。