ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

ほとんど本を読んでこなかった私が映画「インターステラー」を見て、読書に目覚めた理由

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「この望遠鏡、どれくらいの重さがあると思いますか?」

私は目の前にある巨大な天体望遠鏡を見つめていると、係員にこう尋ねられた。

当時、中学生だった私は答えられるずにいたと思う。

直径10メートル以上ある巨大な天体望遠鏡のスケールに圧倒されていたのだ。

 

「500キロくらいですかね……」

 

すると係員はちょっと笑ってこう答えた。

「10トンあります」

 

え? と私は驚いてしまった。

そんなに重いのか……

 

500キロと私が答えたことに明らか係員は笑っていたと思う。

 

私が生まれ育った家の近所には東京大学が管理する国立天文台があり、

平日などは無料開放していた。

近所に天文台があるので、宇宙好きであった私は子供の頃はよくそこに遊びに行っていた。

昔は天体観測が盛んだったが、度重なる都市開発の影響で、夜の観測に適さなくなり、観測自体はもうやっていないそうだ。

観測はしていなくても、昭和の時代から観測に使っていた巨大な天体望遠鏡が展示されてあった。

天体観測室の屋根は取り除かれ、夜空を360度見渡せるようになっている。

そんな天体観測室で望遠鏡を眺めながら、私はよく宇宙に想いを馳せていたのだ。

 

この銀河の向こう側には一体どんな世界があるのだろうか?

そんなことを思いながら広大な宇宙を見つめていたのだと思う。

 

私は本をまったく読まない子供だった。

むしろ、読めなかったのだ。

小学校の読書週間が嫌いで、ほとんとボイコットしていた。

 

漢字が苦手で文字が頭に入ってくるのが遅い子供だったのだ。

母親曰く、しゃべるようになったのも他の子より遅かったらしい。

 

ひらがなを覚えるのも遅かった。

人とのコミュニケーションが苦手だったこともあり、文章を読んでも登場人物たちの

心境がまったく頭に入ってこなかったのだ。

今思うと、知的障害など持っていたのかもしれない。

とにかく小学校の時は本を読めなかった。

 

そんな私でも、宇宙図鑑はよく眺めていた。

読書週間の、本数を稼ぐのに、私はよく宇宙図鑑を使っていた。

アポロ計画や当時のソ連ソユーズロケットの模型を見ながら、宇宙を夢見ていた。

たぶん、当時は本気で宇宙飛行士を目指していたのかもしれない。

 

 

私が高校に進んだ頃、宇宙好きということもあり理系科目に「地学」を選んだ。

数学に苦手意識を感じ、悩んだ末に文系に進むことを選んだ私だったが、センター試験を受けるには必ず理系科目が必修になってくる。

 

多くの文系の生徒が「生物」を選択する中で、私は「地学」を選択したのだ。

センター試験の「地学」は簡単と聞いていた。

国語と英語で差がつく文系の試験の場合、センター試験の理系科目に時間を費やしていう暇はあまりない。

なので、比較的楽に点数が取れる「地学」を選択した。

 

簡単に点数が取れると思っていたが、私の思い違いだった。

 

その「地学」の先生は有名な研究所から高校にやってきた人だった。

もともと自分が大切にしていた「宇宙研究」をいろんな諸事情で続けられなくなり、

食っていくために仕方なく高校の先生をやっているような人だった。

そんな先生だったので、授業に扱うものは明らか高校生のレベルを超えていた。

 

相対性理論を使って、惑星の周期を計算するからついてきて」

 

え? 相対性理論

アインシュタインが発表した時、当時はあまりにも何回で理解できた人が世界に5人いるかいないかだったという相対性理論

 

先生はそれを使いながら高校生相手に惑星の天体運動を証明しようとしていたのだ。

授業の45分をフルに使って、黒板を3面も使って、先生は相対性理論の図式を説明していった。

 

文部科学省が認定している「地学」の教科書を見てみると、明らかに相対性理論について書かれたページはなかった。

 

高校生のレベルじゃないだろ……

私は先生のチンプンカンプンな話を聞きながら頭を抱えていた。

本気で何を言っているのかわからなかったのだ。

 

「エネルギーは物体の質量に比例して〜〜」

 

私はひとまず黒板に書かれた意味がわからない図式をノートに書いていくことにした。

授業のチャイムがなり、先生がチョークを止めると

「この相対性理論の証明の部分、期末試験に出すから勉強しといて!」

と言い始めた。

 

え? 試験に出るのこれ!

どう見ても教科書に載ってませんが!

 

私は授業のレベルに驚いてしまった。そして、先生の無茶振りに驚いた。

私は頭があまり良くない生徒だったので、授業の内容がチンプンカンプンだった。

しかし、他の生徒はわかったのだろうと思い、隣の人に聞いてみた。

 

私が通っていたのは私立の進学校だ。現役東大生が数人出るようなところだったので、

私以外の生徒はみんな今の内容な理解していると思っていたのだ。

 

しかし、聞いてみると

「あんなのわかるわけないだろ!」

そういう答えが返ってきた。

 

ですよね……

高校生相手に相対性理論はさすがにないですよね。

というか、教科書の内容シカトしてますよね。

 

私は先生の無茶振りに再び困惑すると同時に期末試験の対策に頭を悩ませていた。

ほとんどの生徒は

「あんなのわかるわけがない……捨てる!」

と言って、テスト対策を放棄していた。

 

私は非常に成績が悪い生徒だったので、万が一「地学」を落とすことになったら、留年の危機になる。

仕方なく私は「地学」のテスト対策を始めることにした。

 

ひとまず「相対性理論」がさっぱりわからなかったので図書館で調べてみることにした。

私が読んだのは「高校生でもわかる相対性理論」という本だった。

 

高校生でもわかる! 

それなら自分でもわかるだろうと思って本を読み始めたのだ。

エネルギーは物体の質量に比例するという世界一有名な図式はわかるが、それの証明がまたチンプンカンプンなのである。

 

どこが高校生でもわかるだよ!

 

そう思ったが、仕方なく読み進めることにした。

地学の試験対策に、私は「ひも理論」の生命やホーキング博士の本を読み漁った。

「ひも理論」や「超ひも理論」には頭を抱えた。

まったく内容が頭に入ってこなかったのだ。

 

その頃も大の読書嫌いだったので、年間ほとんど本を読まなかった。私の読解力は小学生並みだったと思う。

よくそんな学力で文系を選択したなとは思うが、数学が嫌だったので仕方ない。

 

「ひも理論」の本を読んでも活字が頭に入ってこなかったが、

図式を見てなんとなく理解はできた。

ホーキング博士の宇宙の本にはしびれた。

車椅子の天才ホーキング博士の頭の中には広大な宇宙が広がっているのだ。

私はそんなホーキング博士の本を読みながら、再び宇宙に想いを馳せていたのだと思う。

 

結局、自分なりの「地学」の試験対策をして、期末試験を迎えた。

チャイムがなり、答案用紙をめくってみると驚いた。

例題は記述問題が5問ほどあるだけで、最後の問題にはこう書かれてあったのだ。

 

相対性理論を用いて、惑星の軌道周期を証明せよ」

 

そんなのわかるわけないだろ!

私は試験用紙を破ってやろうかと思ってしまった。

宇宙物理学者が学会で発表しているような難しい問題を、

高校生の文系選択者が、しかも学校の試験用紙の上で証明しろと言われても無理に決まっている。

 

私はゆっくりページを裏返して、諦めることにした。

さすがに無理です……と。

 

チャイムがなり、クラス中はテストについて話し合っていた。

「あんなのわかるか!」

「白紙で出したぞ!」

もはや笑うしかなかった。

 

あのテストの記述問題を解けたのは誰かいたのか?

今でもわからない……

 

 

試験結果が返ってくると自分の点数は4点だった。

学年平均点は5点である。

100点満点のテストで平均点が5点である。

もはやテストになっていない。

問題が難しすぎるのだ。

 

結局、その先生の異常に難しい試験問題は職員室でも話題になり、

「地学」の担任が変わることになった。

 

今思えば、図書館にこもって「相対性理論」や「ひも理論」と格闘していた私の努力はなんだったのか? と思う。

今でも「相対性理論」が何を意味しているのかよくわからない。

当時の私は小難しい宇宙用語をわかったふりをしていただけなのだと思う。

 

しかし、そのわかったふりをしただけでも「相対性理論」や「ひも理論」に触れた

経験はのちにある映画を見ている時に役に立っていた。

 

映画好きだった私は大学生の頃、クリストファー・ノーランの映画にはまっていた。

ダークナイト」や「インセプション」など映画ファンなら見たことがない人はいないと思う。現代を代表する映画作家の一人だ。

 

そんなクリストファー・ノーラン監督が新作でSF映画をやると聞いた時、私は驚いてしまった。

あのクリストファー・ノーランがSFを撮るだと!

作風的にも人間の心理描写が得意とする監督なので、SF映画のイメージがなかったのだ。

私はノーラン監督のファンなので、映画が公開されるとすぐに見に行った。

 

映画が始まると驚いた。

 

スクリーンの目の前には宇宙が広がっていた。

私が幼少期から思い描いていた宇宙が広がっていたのだ。

宇宙探査の旅に出たクルーたちが、ワープホールを抜けるあたりの映像描写など見て、驚いた。

それは現代の最先端の宇宙物理学を用いた、今現在判明している宇宙の構造を全て映像で表現したものだったのだ。

 

SF漫画などで描かれるワープホールは普通、丸い渦状態のものだ。

しかし、現代の宇宙物理学でわかっているワープホールは円形なのだ。

まん丸の物体と言われている。

点と点とつなぎ合わせ、一瞬で別の空間に飛ぶには空間を円形に変形させなければならない。

 

私は映画の中で繰り広げられている宇宙の描写に驚きを隠せなかった。

相対性理論」や「ひも理論」など最先端の宇宙物理が全て映画の中で描かれていたのだ。

 

そして、映像で初めて表現されるというブラックホールの姿を見て、呆然としてしまった。光ですら吸収してしまうブラックホールは観測するのは難しい。

重力に飲み込まれ、黒一点の空間なので、観測できないのだ。

世界中の天体学者が集まってブラックホールの解明に取り組み、やっと判明した構造を映画で初めて表現されているのだ。

 

私は本当に衝撃を受けながら映画を見ていたと思う。

映画館なのに、そこには宇宙が広がっていたのだ。

 

映画が終わると呆然と立ち尽くしてしまった。

文句なしの素晴らしい映画だと思った。

最先端の学問と芸術が合体した素晴らしい映画だと思う。

 

私は衝撃を受けると同時に、あることが疑問に思った。

それは……

なんで惑星探査の旅に出るSF映画なのにオープニングは本棚から始まるのか? 

ということだった。

 

インターステラー」という映画全体が明らか本が重要なテーマになっているのだ。

人類を救う鍵となるデータを、主人公は本棚を使って娘に伝えている。

人に想いを伝えるのに本を使っているのだ。

 

私は映画評論家の町山智浩さんのラジオや、クリストファー・ノーラン監督のインタビューを聞いて「インターステラー」で描かれている背景を調べてみることにした。

 

 

「インターネットは嫌いだ」とノーラン監督はよくインタビューで答えている。

 

「ネットのせいでみんな本を読まなくなった。書物は知識の歴史体系だ。ネットのつまみ食いの知識では背景の文脈が失われてしまう。だからインターステラーでは父が娘に想いを伝える道具に本棚を使ったんだ!」

 

ノーラン監督は60年代の宇宙開発が盛んで、世界中が宇宙を見上げていた時代が大好きだという。

「今の時代はみんなスマホばかりいじって下ばかり見ている。下ばかり見ていては人類は進歩しない。宙を見上げれば広大な宇宙が広がっているではないか!」

そんな思いが映画の中に込められていたのだ。

 

ノーラン監督は映画を一本作るのに1000冊近くの本を読むという。

それだけの書物を頭に入れないと多くの人を惹きつけるコンテンツは作れないのかもしれない。

 

私は「インターステラー」を見て、宇宙に想いを馳せると同時に、本の大切さを学んだと思う。私は子供の頃から大の読書嫌いで月に一冊も本を読んでこなかったが、この映画を見てから月に4冊以上本を読むようになった。

 

今までネットからのつまみ食いの知識で満足していたが、それではいけないと思ったのだ。私にとっては本の大切さに気付かされた映画でもあった。

 

今、日本人の全体の約4パーセントくらいしか月に4冊以上本を読まないという。

インターネットが広がりますます読書離れが進んでいっている。

しかし、今も昔も時代を変えていくようなクリエイターは本を読むのだと思う。

人類の英知が詰まった本を読むことで、物事を変えていくような多くのものを手に入れているのかもしれない。

 

私は今でも年に数回は「インターステラー」を見直している。

人類の希望を背負い、惑星探査の旅に出た主人公たちの姿を見ていると、

私はクリエイターとして大切な部分を教えられる気がするのだ。