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ライティング・ハイ

年間350本以上映画を見た経験を活かしてブログを更新

この世で戦う価値はないと思っている人にとって、ある意味、特効薬になるかもしれない映画

映画

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「生きている意味なんて……」

私は一度だけ駅のホームに入ってくる電車に吸い込まれそうになったことがある。

本当に無意識なのだ。

 

自分でもびっくりした。

 

私が新卒で入ったのはテレビ制作会社だった。

テレビの世界と聞くとブラックなイメージが強いが、案の定なかなかのブラックだった。

業界的にはマシな方らしいが、一ヶ月で一度休みがあるかないかぐらいだ。

仕事を趣味にするしか生き残れない世界だ。

長年、テレビ業界で活躍するディレクターは、完全に私生活と仕事が一緒になっている。

収録の直前になると徹夜で編集なんて、ざらにある。

 

そんな世界に飛び込み、私はヘロヘロになった。

毎日、朝4時までテープの取り込みを行い、朝6時には次の収録の準備を始める。

1日30分しか寝れない日々が続いた。

 

人間寝れないとおかしくなるものだ。

始発の電車を駅で待っていると、無意識に体が揺れ始めた。

 

電車が来る音が聞こえてくると、私の体はホームに歩いて行った。

「私が生きている価値があるのだろうか」

 

本当に吸い込まれそうになった。

無意識なのだ。

電車のクラクションがホームに鳴り響く。

 

私はハッとした。

ホームに尻餅をついて倒れこんだ。

自分がしようとした行いに驚いたのだ。

 

20〜30分ほど、ホームに倒れこんでいたかもしれない。

過呼吸状態だった。

 

私の体は限界だったのだ。

自分でもマズいと自覚していた。

 

結局、私は会社を辞めてしまう。

数ヶ月しか働いてなかったが、今思うとそれでよかったのかもしれない。

 

しかし、社会はそうは見てくれない。

新卒で入った会社を数ヶ月で辞める人間は使えないとみなされてしまうのだ。

日本の社会は、一度ドロップアウトした人間には厳しい。

転職活動も経歴だけで判断される。

 

私は何がしたいのかわからなくなった。

どこに向かって歩けばいいのかわからなかったのだ。

 

家では動けなくなった。

2週間ぐらい閉じこもっていたと思う。

家の天井を見上げながら、どうすればいいのか途方に暮れていたのだ。

 

「このままでは行けない」

そう思って、私はタイ・バンコク行きの飛行機チケットを買い、一旦日本から離れることにした。

イ・カンボジア・ベトナムラオスを放浪した。

行き先も決めず、放浪した。

 

どこに向かっていいのかわからなかった。

 

私はラオスの山奥まで行ってみた。

24時間もの間、バスに乗って旅を続けた。

 

それでも答えはわからなかったのだ。

日本に帰っても、何をすればいいのだ?

社会の中で戦っていける勇気がなかった。

 

海外ではいろんな旅人と出会った。

大阪弁だけで旅を続ける80歳のじーさん。

耳が不自由なのに、英語と日本語を口の動きだけで理解するおっちゃん。

ゲストハウスを一人で経営している日本人の女性。

2年間、世界を放浪している人。

 

いろんな旅人と出会った。

多くの刺激をもらえたと思う。

 

タイのゲストハウスなどには多くの日本人が集まっていた。

海外を放浪している人は大概、30歳手前で脱サラしたサラリーマンかOLの人がほとんどだった。

「会社を辞めて海外放浪している。人生で一度は世界一周をしたかった」

多くの旅人が同じことを言っていた。

日本を出て、フィリピンで二ヶ月ほど語学留学をして、そこから数ヶ月かけて

世界を西回りで巡る人が多かった。

 

そんな彼らを見ていると、私は心のそこで

逃げているだけじゃん……

と思ってしまったのだ。

 

自分も逃げているだけにもかかわらず。

 

「日本へ帰っても就職先なんてないよな。ま、なんとかなるっしょ」

と旅を続ける人は言っていた。

 

なんとかなるかもしれない。

だけど、現実から逃げているだけなんだよ。

そう思えて仕方がなかった。

というか、旅人を心のそこで侮辱している自分が一番カッコ悪かった。

 

結局、数ヶ月東南アジアを放浪して私は日本に帰ってきた。

旅を通じて何か自分は変わったかもしれないし、変わらなかったのかもしれない。

 

しかし、日本を離れて、一旦社会と距離を置いたのは良かったと思う。

 

そこから転職活動を始めた。

案の定、ボロクソに落ちた。

すぐに会社を辞める人間は社会的に価値がないとみなされてしまうのだ。

 

自分の生きる場所はどこなのだ。

この世の中で戦う意味があるのか……

 

そう自問している時にとある映画と出会った。

いつものようにTSUTAYAをうろついて、就職活動のエージェントとの待ち合わせ時間まで暇つぶしをしている時に、その映画を見つけた。

 

昔、私はその映画を見たことがあった。

とてもグロテスクな映画だ。

猟奇殺人事件を巡る刑事ドラマの名作と言われている映画だ。

 

それは「セブン」だった。

 

私はなぜか、その映画が気になった。

精神的につらい時に、なぜこの映画が気になったのかはわからない。

 

私は数年前に見た「セブン」のミルズとサマセット刑事の死闘を思い出していた。

 

この映画はパッと見る限り、グロテスクで残酷な映画のように見える。

しかし、物語の軸は、毎日のように多発する冷酷な殺人事件を目の前にして、

やる気をなくした老刑事が再び社会と向き合うまでの物語でもあるのだ。

 

この映画はラスト、悲惨な結末を迎える。

見たことがある人も多いかもしれない。

 

この社会に失望していた老刑事は、最後にヘミングウェイのセリフを使ってこう言う。

「この世は素晴らしい。戦う価値がある……後者だけは賛成だ」

 

7つの大罪をモチーフにしたこの犯罪は、悲惨な結末を迎えてしまう。

しかし、サマセット刑事は再びこの社会と立ち向かうことにしたのだ。

引退せず、刑事を続ける決断をする。

 

私はその物語を思い出していた。

この世界は残酷かもしれない。

だけども、今この世は素晴らしいとは思えなくても、戦うだけの価値はあるのだ。

 

私は今でもつらいことがあると、「セブン」のラストシーンを思い出す。

残酷な現実を目の前にしても生きる価値を問うこの映画は刑事ドラマの名作だ。

 

たとえ、いま現実がつらくても、戦うだけの価値はある。

そう信じて、私は企業の面談に挑んだのであった。