クリエイターの「育児放棄」というワードに少しでも共感する人がいたら、キングコング西野さんの雑誌を読んだ方がいいかもしれない
「この本ぜったい読んだ方がいいですよ」
いつもお世話になっている池袋にある本屋さんのスタッフに言われた言葉だ。
そのスタッフさんが差し出した雑誌は今話題になっているDiscoverJapan西野さん特集だ。
手にとってみると、膨大な量のインタビュー記事が目に入った。
DiscoverJapanという雑誌で、これだけの特集を組めるということは相当、世間から注目されているということだろう。
私は正直、読む気がしなかった。
炎上芸人とヤジとばされているように、世間一般の方と同様、西野さんにあまりいいイメージがなかったのだ。
ろくに相手のことを知らないで、一方的にそう言った先入観を抱いているのは自分でもわかっている。
しかし、西野さんと言ったらやはり「はねるとトびら」のイメージが強すぎて、
絵本作家を自称し始めた頃から、
「この人いったい何やってんの?」と思って見てしまっていた。
もやもやしていて方向性がわからない人という印象が強かったのだ。
しかし、そんな私の西野さん像が変わってきたのは、数年前に話題になったハロウィーンの渋谷でゴミを集めて、渋谷の街を一年間で一番綺麗にしたというニュースだった。
ゴミ拾いのイベントには多くの人がボランティアで集まったという。
基本的にツイッターやフェイスブックで西野さんが募集したのだろうが、それだけの人を集めて、渋谷の街を年間で一番綺麗にしたというのは相当すごいことだ。
圧倒的な知名度と存在感がある人じゃないとそんなこと、できるわけがない!
その渋谷のゴミ拾い事件から、私は妙に西野さんが気になっていた。
この人、徹底的に考えて行動しているのでは?
と思えてきてしまったのだ。
だが、多くのメディアで炎上しているように西野さんに対して、どうしても好印象になれなかった。
しかしだ。
そんな私だったが、このDiscoverJapanの記事を読んで、
「西野さん! 大ファンです!」となってしまった。
いや〜まいった。
恥ずかしい。
今まで悪い印象があった人ほど、いい部分を知れたら、一気に好印象へと変わる。
私は完全にその戦法にはまってしまった。
もしかしたら、これも西野さんが計算していることなのかもしれない。
ともあれ、悪いイメージが強かった西野さん像は、この雑誌を読むことで一気に
好印象に変わってしまったのだ。
西野さんがやろうとしている根本的な部分をしっかりと理解できたら、
「この人はやはり只者じゃない!」と思えるようになったのだ。
自分の勝手なイメージで物事を判断していた自分を呪うようになった。
(西野さん、すいません)
私が西野さんの特集を読んで、なぜここまで心動かされたのか?
それは西野さんのクリエイティブの考え方に死ぬほど共感してしまったからだ。
私は大学時代に自主映画を作っていた。
映画を死ぬほど見て、狂ったように映画を撮っていた。
映画が好きだったのだ。
自分が作った映画なら多くの人が見ていくれると思っていた。
初めは短編を作ろうとヒーロースーツを着た男のコメディ映画を撮ってみた。
映画は、学生の自主映画でも多くの人の協力が必要になる。
スタッフだけでも、カメラ、照明、編集など最低でも5人以上必要になる。
役者も合わせたら、10分ほどの短編を作るのにも約10人ほどの協力が必要になる。
たった10人でもスケジュールを合わせるのは大変だった。
雨が降ったりしたら、一気に撮影スケジュールがずれて、予定通りに撮り終えることができない可能性も出てくる。
私は真夏の中、カメラを持って走り回っていた。
ヒーロースーツを着たコメディ映画でもふざけ半分で撮りたくなかったのだ。
ちゃんとした映画を作りたかった。
結局、何ヶ月もかけて撮影を終え、できあがった映画を学祭の時に上映することになった。
私はドキドキしながらお客さんの反応をうかがった。
中から笑いが起こった。
よっしゃ。思っていたシーンで笑ってくれたぞ。
たった10分の短編映画だったが、私が作った映画で笑ってくれるお客さんがいることが大変嬉しかった。
その時はまだ大学一年生だった。
私は2年になった時に本格的な長編映画を撮ろうと思い、もっと長い時間をかけて
約70分の映画を作った。
上映会当日、お客さんの反応を伺う。
すると、今度はどうなったのか?
みんな爆睡しているのだ。
明らかに映画を見るのが苦痛になっているのだ。
私はショックだった。
あれだけ頑張って作ったのに、誰も見ていない。
自分でもよくこの長編映画を見直してみた。
物語の推進力がそこなっていた。
物語の展開が遅すぎて、見ていて退屈してくるのだ。
自分が撮影や編集をしている時にはわからなかった。
その時は自分の世界にのめり込んでいるので、お客様の視点から映画を見ることができなかったのだ。
悔しかった。
大学2年の夏はこの自主映画作りに全ての時間を費やした。
アルバイトのお金もこの映画のために全て使った。
6月から準備を始めて9月の終わりまでかかった。
死ぬほど時間をかけて、多くの人の協力のもと、作り上げたのに
このクオリティなんて……
自分の才能のなさを呪った。
情けなくなった。
なぜだ!
なぜ、映画は長くなると物語の展開に飽きが生じてしまうのか?
長編になった途端、一気に見ることに飽きてしまうのか?
私は図書館にこもって、映画に関する資料を読み漁った。
宮藤官九郎さんの脚本など読み研究した。
その中で印象に残っているのが、「SAVE THE CATの法則」という本だった。
ハリウッドの第一線で活躍するシナリオライターの著者がまとめたこの本は、全米でベストセラーになっているという。
シナリオライターを目指す人なら一度は読んだ方がいい本だ。
私はこの本を読んで衝撃を受けた。
面白い。
面白すぎる。
そうだったのか。
ヒットする映画にはこんな隠し味が使われているのか。
ハリウッドの映画で活躍する現役のシナリオライターが教える、ヒット映画の法則がこの本の中に書いてあるのだ。
なぜ、ダイハードがあれだけヒットするのか?
なぜ、タイタニックに多くの人が涙するのか?
その答えがこの本の中に書かれてある。
私はこの本の中にあるヒット映画のメソッドを使ってシナリオを書いてみた。
すると、評判がいいのだ。
「この役やるたい!」
と言ってくれる人も現れたのだ。
大学3年生になり、学生生活も残りわずかになってきたところで、私はどうしても撮りたいと思っていた、ゾンビ映画の制作を始めることにした。
私は大のゾンビ好きだ。
ホラー映画が大好きなのだ。怖い映画が好きというよりも、サスペンスの映画が大好きなのだ。
ヒッチコックやスピルバーグの映画を毎日浴びるように見て、サスペンスについて研究していった。
学生映画にホラーは難しいと言われている。
夜に暗がりの場面を取るのが難しいのと、血糊をばらまく場所を確保するのが難しいのだ。
しかし、私はどうしてもゾンビ映画を作ってみたかった。
一度は思いっきり血糊をバラまいてみたかったのだ。
結局、そのゾンビ映画の撮影には4ヶ月以上費やした。
使った血糊は10リットルを超えた。
いろんな人に怒られた。
ロケ地の施設を貸していただいた人には
「赤い塗料の後が床に残っている」と言われ三回も呼び出された。
「この赤いものはなんだ?」
と問い詰められたので
「スタッフの一人が鼻血が止まらなかったんです」
と言って、うまいことごまかした。
(赤いものの正体は、食紅を混ぜた蜂蜜)
ドンチャン騒ぎの中、ゾンビ映画を何とか撮り終えた。
1ヶ月ほどかけて編集を終え、いざ上映会となった。
評判は良かった。
本当に良かった。
いろいろ妥協した点はある。
血糊の量が足りずに、カットをごまかしてつなげたシーンもあった。
だけど、今までに6本作った映画の中でも一番評判は良かったのだ。
私は嬉しかった。
ようやく三年間の努力が実ったと思った。
しかしだ。
お客さんが全く入らなかったのだ。
ほとんど身内だけの上映会になってしまったのだ。
その時、思った。
私は自分の映画を作ることに満足してしまったのではなかろうか?
今までも映画を作っている時の自分が好きで、自主映画制作にのめり込んでいった節がある。
高校の時は、いつもクラスの隅っこにいるような落ちこぼれの学生だったので、監督として多くの人を集めて、一本の映画を作っていくことが楽しくて仕方がなかった。
私は一介の映画監督になったふりをしていたのだ。
自分の映画を作れたことに満足して、お客さんにどう届けるかまで考えていなかったのだ。
大学を卒業して、ライターの勉強をやり始め、ネットにこうして記事を書くようになっても、その感覚が残っていた。
自分の記事を読んでくれた人からは「この記事面白かったです」と言われる時もあった。
しかし、バズらなかった。
一生懸命5000字近くの記事を書いてもバズらなかったのだ。
読んでくれた人には評判が良かった。
しかし、バズを起こすことができなかったのだ。
今の時代、クリエイターとして生きていくには、作ったものに満足するだけでなく、
どうやって人に届けるのか? までを突き詰めて考えていかなければならないと感じた。
マーケティングの素養が必要なのだ。
そんなことを考え始めている時に、私は西野さんの雑誌に出会ったのだ。
初めは立ち読み感覚で読み始めた。
つまらなかったら、棚に戻そうと考えていた。
しかし……
2〜3ページ読み始めて、止まらなくなった。
西野さんが憧れる空海の特集ページなど、面白すぎて線を引いて読んでしまいそうになった。
やばい。
この人の考えていること、理にかなっている。
私はまだ購入していないのに、衝動的にペンを持っていた。
今の世の中で生き残るのに必要なビジネススキルや考え方がこの雑誌の中に詰め込まれているのだ。
線を引きたい!
重要なポイントに線を引きたい!
まだ、買ってもいないのに、線を引きそうになってしまった。
結局、私はその雑誌を買ってしまった。
面白すぎたのだ。
私は本屋でその本を即購入し、カフェのスペースであっという間に読んでしまった。
西野さん特集のページはどれもこれも死ぬほど面白い。
面白すぎる。
どれも刺激的なページだが、一つだけ妙に気になったページがあった。
それは、西野さんが伝統工芸の街にいった特集ページだ。
そこで西野さんは伝統工芸に対しこう言った。
「クリエイターの育児放棄だ」と。
日本の伝統工芸の技術はとても貴重なものだ。
先代から伝わる大切なものを守り抜く姿勢はとても大切だと思う。
しかし、いいものを作って満足しているだけではないか? と西野さんは語る。
「いいものを作って売れる時代は終わった。これからはいいものをどう人々に届けるかまで考えなければいけない。いいものを作って終わり! という人はクリエイターの育児放棄みたいなものだ」
私はガツン! となった。
その通りだと思った。
私が考えていたものと近いものだった。
いいものを作っても売れる時代は終わっているのだ。
いくら頑張ってゾンビ映画を作っても、お客さんのどう集客するのか?
という部分まで考えて作らないといけなかったのだ。
いくらコンテンツの質が高い記事を書けても、読者にどう届けるか?
まで考えて、考え抜いて書かなければいけないのだ。
私はこの雑誌を読んでから一層、マーケティングというものに興味を持った。
いいコンテンツを作るのはクリエイターとして当たり前のこと。
西野さんのように世に出てくるクリエイターになるには、どうやってお客さんに届けるかというマーケティングの思考も必須なのではなかろうか?
いいものを作って満足しているのは、ただの自己満足だ。
そんな自己陶酔に陥った作品は誰も見向きもしない。
世に出てくるクリエイターはお客さんをどう楽しませるか?
お客さんにどう伝えるかまで考えているのだ。
このDiscoverJapanの西野さん特集は、私のようにクリエイティブなものを目指す人だけでなく、ベンチャー起業家などのビジネスの世界で戦う人にも読んでほしい雑誌だ。
SNSの時代を生き抜く方法が満載なのだ。
きっと、この雑誌から多くのことを学べると思う。
そして、私のように反西野さんから一気に、西野さんファンに変わるだろう。
もしかして、西野さんは自分を嫌っている人ほど、この雑誌を読めば、一気に好印象に変わると考えて、マーケティング戦略を練ったのかもしれない。
いや、恐ろしい。
そして、すごい人だ……この人は。