自分と同じく滑舌が悪いのに、なぜビートたけしの話は面白いのか?
「え? 何言ってんの」
また、しかめ面な顔をされた。
アルバイト先でも、学校でも、昔からいつも私に付きまとっていた問題……
それは滑舌の悪さだった。
アルバイト先での後輩指導も、
「え? 何ですか」と言われ、滑舌の悪さが気になって、周囲とうまくコミュニケーションが取れなかった。
私の言葉はどうやら聞き取りづらいようなのだ。
伝える意志がないのではない。
ただ単に滑舌が悪いのだ。
伝えたいことがあっても呂律が回らなく、コミュニケーションに困ったことが度々あった。
小学校から私が根暗だったのは、実は滑舌の悪さが原因なのでは? と最近は思うようになった。
特に就職活動の時は、自分の滑舌の悪さが大問題になった。
話のトーンが低いだけで、面接官に悪い印象を与えてしまうのだ。
自分でもわかっている。
わかっているが、滑舌の悪さを治すことができなかった。
面接官に自分の意志をきちんと伝えることができなかったのだ。
就活の結果はボロボロだった。
7月まで内定がゼロだったので、このままではマズイと思い、 「滑舌が良くなる」という本を買って、滑舌の悪さを治そうと試みてみた。
本に書かれていた通り、舌を出して、顔の周りの筋肉を鍛える訓練を家でひっそりしていた。
隠れながら滑舌トレーニングをやっていたが、一度妹に見られてだいぶ怪しがられたこともあった。
苦労の末、これで滑舌も良くなったと思い、再び就職試験に挑んだ。
だが、本番で頭の中が真っ白になってしまい、面接官に上手く思いを伝えることができなかった。
へこんだ。
滑舌やしゃべり方が悪いだけで、こんなに人生において不利に働くなんて……
就職試験も学歴や個人の能力が必要にはなってくるが、最終的に勝つ人は、 口が上手い人間だ。
世の中、口が上手い人間が勝つのだ。
私は自分の滑舌の悪さを呪った。
ちくしょう。 滑舌が悪いだけなのに……それなのにどこの企業にも受からない。
そんな風にして、自分のコミュニケーション能力に悩んでいる時に、 ふと、ビートたけしが出演している番組が気になった。
私は以前からビートたけしの大ファンだ。
世界のたけしと言われる理由もわかる。
彼の映画はほとんど見た。
どれも傑作だ。
私はビートたけしが好きすぎて、YOUTUBEで、デビュー当時のツービートの漫才を見ていたりもした。
とにかく面白いのだ。
30年以上前の漫才でも笑えるのだ。
ネタも古くない。面白いのだ。
相変わらず昔から毒を吐きまくっているが、どれもこれも面白い。
いつ見ても笑える。 たぶん今から30年後の人が見ても面白いと言うだろう。
ビートたけしのトークをよく聞いてみると、とにかく滑舌が悪い。
ほとんどの人も彼は滑舌が悪いと感じると思う。 彼の話はあまり聞き取れない言葉も多い。 何を言っているのかわからない時もある。
だけど、面白いのだ。
とんでもなく笑えるのだ。
なぜだろう? と思った。
何で滑舌が悪いのにビートたけしの話は人を惹きつけるのだろうか?
大御所のビートたけしが話すなら面白いに決まっている! という先入観もあるだろう。
しかし、師匠である立川談志もそうであったように、滑舌が悪くても人を巻き込み、笑いを取れるのだ。
いや、むしろ滑舌の悪さを利用している節もあるかもしれない。
明石家さんまが自身の番組でお笑い哲学を論じていた時だ。
ビートたけし、タモリと並ぶトップ3の明石家さんまは後輩の芸人に向かってこう言っていた。
「笑いとは間や!」
最初に聞いた時はどう意味なのかわからなかった。
「間ってなんだ?」 しかし、今ならわかる。
ビートたけしや明石家さんまのトークには独特なテンポがある。 リズムがあるのだ。
呼吸のあいだに絶妙な間があるのだ。 間があることで、オチも決まり、面白いと感じるのだ。 たぶん、ビートたけしの独特の間は、師匠の立川談志の影響が強いと思う。
毒を吐きながら人の本質的な部分もいう。
そして、体に刻みこまれた独特の間とリズムで聞く人を巻き込んでいく。
やはり、笑いにとって間とは重要なのかもしれない。
私も友達に笑い話をするときに、何度か感じたことがあった。
同じネタでも、話し方や間のリズムでだいぶ反応が変わってくるのだ。
間があることでしっかりとオチが決まるのだ。
このリズム感覚があるかないかで、話が上手いか下手くそか決まってくるのだと思う。 ビートたけしのツービートの漫才も、ビートきよしとの独特なツッコミで成立していた面もあった。リズム感が最高にぴったりなのだ。
ビートたけしも明石家さんまも、体の中にある独特な間を使って、笑いを取っているのだ。 滑舌の問題ではない。
間の問題なのだ。
私はビートたけしの漫才を見ているうちに、滑舌が悪くて悩んでいた自分が少し楽になった気がした。
滑舌が悪いのはもう仕方ないことだ。
解決しようにも長年に続く癖だから、なかなか変えられない。
もはや私の個性の一つだと思えばいいのだ。
滑舌の悪さを治そうとするよりも、人とのコミュニケーションにおいて、間というものを注意してみようと思う。
相手を巻き込むような爽快なトークスキルは、テンポと間の関係が大きく作用しているのだ。 今度から間に注目して、ビートたけしの番組を見てみよう。 毒を吐きながら、痛烈に観客を巻き込む、ビートたけしの笑いは本当に奥が深い。
間に注目して、今日も私はたけしのテレビタックルを見ている。